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ファンダメンタル分析の手法と実例

今回は、「外資系アナリストが本当に使っているファンダメンタル分析の手法」という本をご紹介したいと思います。

著者の二人は証券会社に所属する、いわゆるセルサイドアナリストではなく、投信投資顧問会社や生保・銀行等の資産運用を行う会社に所属するバイサイドアナリストです。言ってみれば、「機関投資家」という立場にあります。

セルサイドアナリストは、顧客に対してレポートによる業界・企業の情報提供を行うことが主な仕事です。一方、バイサイドアナリストは同じ社内のファンドマネージャーに企業の業績予想や評価分析などの情報提供によって顧客の運用パフォーマンスに貢献する立場と言えます。したがって、情報提供だけで終わるのではなく、最終的な運用結果をも考えた長期的視点での分析が求められると言えます。

この本では、ファンダメンタル分析を以下のように説明しています。


ファンダメンタル分析とは、いわゆるテクニカル分析と対局にあるものを指します。テクニカル分析が株価の動きだけに着目している一方で、ファンダメンタル分析では、企業の実際の経済活動を丹念に分析し、その株式価値を評価していきます。


この本の前半は「株式分析の理論」です。この部分はなかなか読み応えあります。企業価値の代表的な評価方法には、DCF法とDDM(配当割引モデル)があります。本書で採用している評価方法はDDMです。DCF法はフリーキャッシュフローWACCで割り引くことで企業価値を算定する方法です。一方、DDMはその名の通り、配当を株主資本コストで割り引き、ダイレクトに株主価値を算定する方法です。

なぜ、DCF法ではなく、DDMを使うのか、この本はこう説明しています。ちょっと長いのですがそのまま引用します。


1. DCF法では、株式価値を算出するのに、まず企業価値を計算して、そこから負債を引いて株式価値を計算する、という2ステップが必要でした。一方で、DDMは株式価値を直接評価することができます。

2. DCF法では、企業の生み出すフリーキャッシュフローをベースに株式価値を評価しているため、仮に企業が生み出したキャッシュ(現金/預金)の一部を非事業性資産として内部留保した場合、その非事業性資産としてのキャッシュも、企業価値として評価していることになります。たしかに非事業性資産としてのキャッシュも、企業価値として評価すべきという考えも理解できます。しかしながら、少数株主にとっては、非事業性資産としてのキャッシュの一部は、将来の成長につながらず、かつ自由に受け取ることもできない現金です。

3. DDMは、当期純利益と配当性向をベースとして計算される配当額を使って株式価値評価を行います。先ほど、利益ではなくキャッシュフローを用いると述べましたが、会計制度を信頼すれば、会計処理を通して平準化された利益のほうが扱いやすいのも事実です。DDMを使うと、株主から見たキャッシュフローである配当を用いることで、ファイナンスの基本に矛盾することなく、利益をベースにした議論が可能になります。

4. 非事業性資産のキャッシュの扱い方以外の部分では、長期的な視野に立った企業分析において、企業が生み出すフリーキャッシュフローを用いても、利益をベースにした配当(株主にとってのキャッシュフロー)を用いても、分析結果に大きな違いは生まれないはずです。

5. 少数株主による株式投資の実務においては、当期純利益を使って算出されるPER(株価収益率)を使う投資家が大部分を占めていると思います。少なくともPERを参考にしない投資家はいません。後述しますが、この最もメジャーなPERは、DDMの枠組みの中で解釈が可能です。DDM の業績数値である配当は、利益と配当性向に分けることができます。PERは利益と株価で計算できますので、DDMの計算式をPERによって数式展開することができます。DDMの枠組みの中で、より多くの投資家が使っているPERを通して議論を展開するほうが、より有効な投資意思決定が可能になると考えています。


DDMを使って評価する理由を読んで私は「なるほどなぁ」と思いました。正直言って、私は実務においてDDMで株主価値を算定することはありません。その意味でも現役のアナリストがどのようにDDMを使いこなしているかには大変興味があるわけです。

後半は「株式分析の実践」として、将来予測も含めて個別企業の分析を行っており、具体的かつ実践的な内容で、この本の素晴らしさはむしろこの後半部分にあると言えます。

この本の素晴らしさは他にも、著者の二人が現場主義を非常に重視していること、そして本来はプロとして言いにくいであろうこともしっかりと書いてくれていて、とてもお二人の誠実さが感じられることにあります。

例えば、CAPM理論について、「理論を知る必要がないと言っているのではない」としながらも、こう書いています。

対外的なオフィシャルな場では、「CAPM理論に基づいて株主資本コストを計算しています!」と言うことがあるものの、実際の株式投資の内部(社内)の意思決定の場で、まじめに使われているのをあまり見たことがありません。

このほか、思わずニヤリとするような記述がところどころにあります。実務家向けの素晴らしい書籍です。

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