先日、久しぶりにサイゼリヤに行きました。
実はここしばらく足が遠のいていたのです。というのも、コロナ禍が明けた頃にランチで食べたパスタがあまり美味しく感じられませんでした。「もう行くことはないかな」と思っていたのですが、先日、妻と「昼飲みしよう」という話になり、ふとサイゼリヤに入ってみたのです。
そこで生ビールとピザを注文して驚きました。
「えっ、こんなに美味しかったっけ?」
熱々のピザと冷えたビール。そのクオリティもさることながら、ふと店内を見渡すと、老若男女で満席状態。活気に溢れていました。
そして何より驚愕するのは、その価格です。この円安とインフレのご時世に、信じられないような価格設定を維持しています。
「コロナの時に価格据え置きを宣言していたけれど、まだそれを続けているのか?」
疑問が湧き上がりました。
「原材料費も人件費も上がっている中で、価格据え置きが本当に可能なのか?」
「この方針を貫くとして、どうやって利益を出しているのか?」
気になって調べてみると、そこには単なる「安売り」ではない、緻密に計算された「逆張り」の財務戦略がありました。今回は、サイゼリヤの復活劇をファイナンスの視点から紐解いてみたいと思います。
「値上げしない」という強烈な意思決定
今の外食産業は、まさにコストプッシュ型インフレの真っ只中です。多くの企業がメニュー価格を引き上げることでコスト増を吸収しようとするのは、経営判断として当然です。
しかし、サイゼリヤは「価格据え置き」を選びました。
松谷社長が「値上げしない方針は変わっていない」と公言している通り、看板商品の「ミラノ風ドリア」は税込300円のままです。
競合が値上げに踏み切る中で価格を維持すれば、どうなるか。当然、「相対的な安さ」が際立ちます。
これは、既存顧客の来店頻度を上げ、他社へ流れていた顧客を呼び戻す(スイッチングさせる)ための、強烈な「客数増大戦略」なのです。
数字が語る「異常値」レベルの客数増
ビジネスの基本公式はシンプルです。
売上高 = 客数 × 客単価
価格(客単価)を上げない以上、売上を伸ばすには「客数」を増やすしかありません。サイゼリヤはこの一点突破を図りました。
その結果は、数字にはっきりと表れています。2021年8月期には、約1.79億人が、2025年8月期では、約2.99億人となっているのです。
2023年6月度のデータでは、競合のすかいらーくが前年同月比+1.6%、ロイヤルホストが-0.1%だったのに対し、サイゼリヤは+14.7%という驚異的な伸びを記録しました。成熟産業において10%を超える客数増は、正直言って「異常値」です。
私の今回の体験のように、「久しぶりに行ってみるか」という顧客や、「他が高いからサイゼリヤに行こう」という顧客を確実に取り込んだ結果と言えるでしょう。
損益分岐点を下げるための「捨てる勇気」
しかし、いくら客数が増えても、コスト構造が変わらなければ利益は出ません。
ここで重要になるのが「損益分岐点マネジメント」です。
サイゼリヤの凄みは、価格維持という高難度な戦略を実現するために、コスト構造を根本から見直した点にあります。特に注目すべきは「深夜営業の廃止」です。
・深夜帯の高い人件費(割増賃金)をカット
・採用難易度の高い深夜スタッフ確保の手間を削減
・経営資源を最も効率の良いランチ・ディナータイムに集中
松谷社長の「コロナ前にまっすぐ戻ることはやめたほうがいい」という言葉は、非常に示唆に富んでいます。過去の成功体験に固執せず、環境変化に合わせて「やらないこと」を決める。これは簡単なようでいて、多くの企業が実践できないことです。
また、DXの使い方も独特です。
注文はあえて「手書き(アナログ)」を残して端末投資を抑えつつ、会計や配膳には「セルフレジ・ロボット」を導入して人員効率を上げる。
「どこに金をかけ、どこを削るか」のメリハリが非常に効いています。
営業レバレッジが生んだV字回復
この戦略の結果、サイゼリヤは鮮やかなV字回復を遂げました。
ファイナンス的に見れば、これは「営業レバレッジ」が最大限に効いた状態です。
固定費(家賃や人件費など)の割合が高いビジネスモデルでは、損益分岐点を超えたところから、売上の増加が利益の増加に直結します。
徹底したコスト削減で損益分岐点を下げ、そこに圧倒的な客数を流し込んだことで、利益が爆発的に伸びたのです。
常識を疑う勇気
今回のサイゼリヤの事例から学べるのは、「みんなが右(値上げ)に行くとき、あえて左(据え置き)に行く勇気」です。
ただし、それは無謀な賭けであってはなりません。
「価格据え置き」というマーケティング戦略の裏には、深夜営業の廃止やオペレーション改革といった、血の滲むようなコスト構造改革がありました。
「戦略とは、やらないことを決めることである」
この言葉を地で行くようなサイゼリヤの経営。
久しぶりに食べたピザの美味しさと共に、その骨太な財務戦略に改めて感銘を受けた週末でした。
皆さんの会社では、環境変化に対して「何を変え、何を変えない」と決断されているでしょうか?






