前回のブログ「あなたはWACCを本当に理解しているか?」はおかげさまで好評でした。本質を理解していないと答えられない質問にドキっとしたという感想もいただきました。気を良くした私は今回も第二弾といきたいと思います。日本企業にも今や普通になった社債を発行して自社株買いを実施するという財務戦略をとりあげたいと思います。
ここに無借金の会社X社があります。資産、株主資本は時価500億円です(下図①)。現在、X社の株主資本コストは10%と推定しています(リスクフリーレート1%、マーケットリスクプレミアム6%、ベータ1.5)。このX社が250億円の社債を発行して資金調達をしました。ここでは便宜的に、この社債の調達コスト(負債コスト)はリスクフリーレート1%だとしましょう。
出所:オントラック作成
調達サイド(右側)の負債250億円に対して、運用サイド(左側)の現金250億円でバランスしています(上図②)。この現金を使って、自社株買いを実施すると、この分だけ株主資本は減少し、X社の資本構成は上図③のように変化しました。ここで問題です。資本構成が変化したX社のWACCは何パーセントになるでしょうか?(但し法人税は考慮しないとします)
(ここは考える時間です)
(解答)よくある間違いは、WACCを5.5%(=株主資本コスト10%×1/2+負債コスト1%×1/2)と計算することです。「なぜ、X社の経営陣はこのような財務戦略をとったのか」と聞かれたら、あなたはなんと答えるでしょうか?「株主資本コストは負債コストよりも高い。だから、コストの低い負債を利用すれば、WACCが低くなり、企業価値が高まるから」とあなたが答えたとしたら、それは間違いです。
株主資本コストの考え方が間違っています。X社に有利子負債がない場合は、フリーキャッシュフローは全て株主に帰属します。ところが、社債を発行した後は、フリーキャッシュフローの配分は債権者が優先されます。つまり、株主のリスクが高くなることを意味するのです。
株式のリスク指標はベータでした。借金がある場合のX社のベータ(レバードベータといいます)は無借金の場合のX社のベータ(アンレバードベータといいます)よりも財務リスク分だけ高くなります。以下の公式は、レバードベータとアンレバードベータの変換式です。
レバードベータ=アンレバードベータ×{1+D/E×(1-法人税率)}
=1.5×{1+1/1×(1-0%)}=3.0
レバードベータは1.5から3.0に増加しています。その結果、株主資本コストは19%(=1%+3.0×6%)に上昇することになります。したがって、WACCは10%(=株主資本コスト19%×1/2+負債コスト1%×1/2)と変わらないことになります。
今回の問題で説明しようとしたのがMM理論です。MM理論の結論を簡単に言えば、「企業価値(有利子負債と株式の時価の合計)は資本構成と無関係である(第一命題)」と「株主資本コストは負債比率(D/E比率)に比例して上昇する(第二命題)」の二点です。特に第二命題はファイナンスがわかる人でもうっかり忘れることが多いので注意が必要です。