ソニーは2020年5月19日、金融事業を手がける上場子会社のソニーフィナンシャルHDを完全子会社化すると発表しました。2019年6月に米国のアクティビスト、サード・ポイントは、ソニーに対して半導体事業を分社化して他社に売却、さらにソニーフィナンシャルHDの株式を売却すれば「株主や顧客、従業員の利益になる」と申し入れして話題になりました。今回、ソニーの吉田社長は全く逆の方向に進むことを決めたことになります。
この発表を受けて、ソニーとソニーフィナンシャルHDの株価はともに上昇しました。市場はこの決定を好意的に受け止めたのでしょう。ソニーフィナンシャルHDは、生命保険やネット専業のソニー銀行をはじめとする様々な金融サービスを展開しています。ソニーのセグメント別の営業利益をみてみましょう。金融セグメントの占める割合は、今や、ソニーの2020年3月期営業利益8,455億円のうち1,296億円と15%にまで占めるようになっています。
出典:ソニー資料
ソニーと言えば、今やゲーム、音楽、映画のエンターテイメントビジネスです。ただ、これらのビジネスは、そもそもが業績の浮き沈みが激しい分野です。そのほかで言えば、営業利益2,356億円のイメージング&センシング・ソリューション(I&SS)が目立ちます。モバイル向けイメージセンサーの大幅増収が寄与しての好業績でしたが、今後のスマートフォン市場の減速を考えれば、楽観視はできません。一方、金融事業は、ネット銀行の活用の高まりが予想されるなど、今後も安定的な利益を生み出すことが予想されます。そんな金融事業をグループに完全に取り組むのはソニーにとって正しい方向のように見えます。
ここで、ソニーの原点に戻ってみましょう。1991年11月に始まった週刊ダイヤモンド「バブルの教訓・ニッポンの再出発」と題されたインタビューシリーズの第1回は、当時、ソニーの会長だった盛田昭夫氏でした。そのインタビューの内容の一部です。
「10年対10分間」というスピーチをしたことがあります。ウォールストリートへ行ったとき、ディーリングルームではコンピューターで巨額のカネを動かしている。どれぐらい先を見てやっているのかと聞いたら、「10分間」と答えた。10分先しか見ていない。私たちの仕事は、10年先の技術を考えながら開発している。それを新製品に応用するまでにさらに10年かかる。それを商業ベースに乗せるまで、もう10年かかることだってある。
その10年と彼らの10分間の違いはあまりにもひど過ぎる。10分しか先を見ないようなサービス、いわゆるファイナンス、金融業があまりにも発展してきた。61年にわが社は、初めて株式をアメリカで発行した。その頃のウォールストリートは、ベンチャービジネスを育てる気風があったが、だんだん変わってきた。70年にフローティングシステムができてからは、おカネもモノとして取引が始まり、ついには会社までモノとして、売買するようになった。
一方、脱工業社会の風潮が起きてきた。モノを作るのは遅れた産業で、サービス業でコンピューターを使い、株やおカネ、会社を売買するのが、新しい産業だと思われた。そこでは、ビジネススクールで数字を分析することがビジネスの根幹だと考えられている。
(中略)
最初に言ったように、経済の健全な基盤はモノづくりにある。ですから金融業の最も重要な役割は、製造業者がハイテク付加価値製品を追求するために、最上の経済環境を提供し、生産をサポートすることにある。
今世界中が直面している環境問題、資源問題でも解決するのは技術しかない。そういう技術をもっと開発しなければいけないのが、時代の使命です。そういう研究開発ができ、そうした産業がちゃんとやっていけるように支援するのが金融の仕事だと思う。
出典:DIAMOND online 「ソニー盛田昭夫が警告した「10分先しか見ない金融業の危険さ」」
実は、ソニーが金融業界に参入したのは、他ならぬ盛田氏の「ソニーグループに金融機関を持ちたい」という情熱によるものでした。1981年4月1日。ソニー・プルデンシャル生命(現ソニー生命)の開業式に盛田氏は、社員を前にこう語ったといいます。
『日本には非常に歴史の長い保険会社がたくさんあります。そういった会社の「社風」をそのまま持ってきて「保険会社というのはこういうものだ!」と、いうようになっては、私の希望はつぶれてしまいます。我々としては、やはりここに新しい、本当に日本に今までなかったような保険会社を創りあげたい、また、創ってほしいというのが私のお願いであります』
金融子会社化を発表した経営方針説明会の冒頭、吉田社長は「ファウンダー(創業者)の盛田からの学びの一つに、『長期視点に基づく経営』があります。新型コロナウイルスが世界を変えた今、私は改めてその重要性を感じています」と語ったといいます。「ひとのやらないことをして社会に貢献する」というDNAを持ったソニー。そのソニーが、近い将来に、どんな技術と金融の新しい世界を私たちに見せてくれるのか楽しみです。