売上1兆円、海外比率6割超え。この驚異的な数字を、多くの企業が頼るM&Aなしで達成したのがキーエンスです。今回のブログでは、その強さの本質である「直販モデル」によるグローバル戦略を解き明かします。
まず明確にしておきたいのは、キーエンスの成長が、基本的にM&Aに依存していないという事実です。もちろん、「一切買収しない」というわけではありません。2025年5月には、新規事業領域の開拓を目的として、ドイツのCAD企業CADENAS社を子会社化しました 。しかし、これはあくまで例外的なものです。同社の成長戦略の主軸が、M&Aではなく、自力での有機的成長(オーガニックグロース)であることに変わりはありません 。
では、なぜ彼らはM&Aに頼らないのでしょうか。それは、独自性の高い製品開発力と、顧客の潜在ニーズを的確に捉える強力な販売体制を、すでに自社で確立しているためです。そして、その自前の力で、10年前は20%台に過ぎなかった海外売上高比率を、現在では64%にまで引き上げてきました。その原動力こそ、同社のビジネスモデルの根幹である「グローバル直販体制」を、世界中で愚直に、ゼロから構築し続けてきたことにあるのです。
キーエンスの海外戦略の核心は、日本で大成功した直販モデルを、そのまま海外で展開することにあります。1985年の米国法人設立を皮切りに、世界各地に次々と自前で現地法人を設立。そのネットワークは今や世界46ヵ国、250拠点に及びます。その目的は、代理店を介さずに専門知識を持つ営業担当者が顧客のもとへ直接伺い、日本国内と全く同じ質の高いコンサルティング・セールスを提供することです。
このアプローチは、M&Aに比べて途方もない時間と労力がかかります。ゼロから現地法人を立ち上げ、文化の異なる現地スタッフにキーエンスの哲学を叩き込み、一人前のコンサルティング営業へと育成する。まさに、畑を耕し、種を蒔き、水をやり、果実が実るのをじっくりと待つような、オーガニックな成長モデルです。しかし、この「地道さ」こそが、他社には決して真似できない、キーエンスの競争優位性の源泉となっています。
M&Aが「育った木を庭に移植する」ようなものだとすれば、買収後の統合は、根付かせるための大変な作業です。土壌が合わなければ、立派な木も枯れてしまいます。異なる企業文化やビジネスプロセスの統合も、これと同じくらい難しいのです。
一方、キーエンスのやり方は「自らの庭で、種から育てる」のに似ています。時間はかかりますが、その土地の気候や土壌に完全に適応した、深く強い根を張った木が育ちます 。この「生え抜き」の強さこそが、全世界で同じレベルの価値提供を可能にしているのです。
一足飛びのM&Aに頼るのではなく、自社の強みである「直販モデル」という普遍的な価値を、世界中で愚直に、しかし着実に実行し続ける。このオーガニックな成長こそが、キーエンスの「最強」たる所以です。