「君の膵臓を食べたい」

私には中学生3年生の娘がいます。夏休みの宿題に読書感想文があって、娘は「君の膵臓を食べたい」を題材に選びました。「お父さんの感想をぜひ聞かせてほしい」と言われ、娘の魂胆は見え見えながら、娘に甘い私はしぶしぶ読み始めました。

物語は病院の待合室で始まります。主人公の「僕」は盲腸の手術後の抜糸のために病院を訪れていました。そのときに、ソファの上に病院近くの書店のカバーがかけられている本が置かれているのを見つけます。本好きの「僕」は、カバーを外してタイトルを確認するとそこには太いマジックで「共病文庫」と手書きの文字が書かれていました。

最初のページで目に入ったのは「膵臓・・・・死ぬ・・・」誰かの闘病日記かと思いきや、それはクラスメイトの山内咲良の書いたものだったのです。さらに読んでいるところを当の本人に見つかってしまいます。そこから、余命1年の膵臓の病気を抱えている山内咲良と地味な「僕」との奇妙な関係が始まったのです。

「僕」と咲良で図書室の片づけをしているときに「僕」は咲良にこんな質問をします。「残り少ない命を、図書室の片づけなんかに使っていいの?」これに対して、山内咲良は、「いいに決まっているじゃん」と答えるのです。

あなたも死ぬまでにやりたいことがあるでしょう。今この瞬間にあなたもそれをやっていないのだとすれば、余命1年の自分となんら変わらないのではないか、と咲良は言います。

咲良のこの言葉を聞いて、私自身も主人公同様に「死」というものを他人ごとのように感じていたことに気がつきました。考えてみれば、私もいつ死ぬか分からないのです。もしかしたら、余命宣告された人よりも早く死ぬかも知れません。私たちはいつ死ぬか分からない。確実に言えることは、私たち誰もが1秒1秒と「死」に向かっているということです。

「君の膵臓を食べたい」というキャッチーなタイトルから私が想像したものとは異なる世界観が広がっていました。私たちがいかに「死」というものから目をそむけて生きているか、いろんな場面で突きつけられます。エンディングも実に良く考えられていました。中学校の課題図書の中の一冊だったそうですが、夏休みの読書としては、なかなか素晴らしい本だと思います。

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