三菱航空機の行く末

2018年10月31日付日経新聞によると三菱重工業が、民間ジェット機「三菱リージョナルジェット(MRJ)」の開発子会社、三菱航空機に対し、単独で2200億円の金融支援をすると発表しました。

三菱重工は三菱航空機が新たに発行する1700億円の株式を単独で引き受け、さらに、三菱航空機への貸付金の一部である500億円の債権を放棄することになります。

これによって、確かに三菱航空機は18年12月末までに1100億円の債務超過を解消することになります。ただし、ここで注目すべき点は、この増資計画には、トヨタ自動車、三菱商事、住友商事、三井物産、日揮、三菱ケミカル、日本政策投資銀行など、他の既存株主が参加しないことです。

三菱航空機は08年に発足し、13年後半にMRJの初号機をANAホールディングスに納入する予定でした。ところが、度重なる設計変更などで開発が遅れ、納期をこれまでに5回延期し、三菱航空機の累積損失は18年3月末に2100億円の赤字に達し、その結果、債務超過額が1100億円に膨らんでいたのです。

何度も失敗しているのにもかかわらず、経営資源を投入し続け傷口を広げることを経営学では「エスカレーション・オブ・コミットメント」といいます。こうしたエスカレーションが生じる原因は、サンクコスト・バイアスや政治的圧力などいろいろとあろうかと思います。また、ここで撤退しては失敗を認めることになるという感情的なこともあるでしょう。

それでも、他の株主である、トヨタ自動車、三菱商事などそうそうたる企業が追加出資をしなかったという事実は大きいと思います。三菱重工はやめるにやめられない状況におかれているような気がします。では三菱重工は、それこそ「見切り」をつけて撤退すればいいのかと言えば、そう簡単には言えるものでもありません。

ホンダが開発した「ホンダジェット」のエピソードです。ホンダがジェット機の研究を始めたのは1986年。事業化の期限を決めずに知見を蓄積することに注力。実際に事業化を決定し工場設立したのは20年後の2006年です。初号機を引き渡す2015年までの約30年間、売上はゼロだったというのです。今日うまくいかないからと言って、ずっとダメだとは100%言い切れません。未来のことは誰にもわからないからです。

ではどうすればいいのか。ひとつに撤退(出口)ルールをあらかじめ決めておくということがあると思います。新規事業への投資でよく言われる「3年で単年度黒字化、5年で累積損失一掃出来なければ撤退」といった社内ルールがあれば、「見切り」がつけやすくなるのではないでしょうか。いずれにしても、期限と投資金額を明確に決めずにズルズルといくのだけは避けて欲しいところです。

※関連ブログ「三菱重工消えた4000億
※参考文献「機会損失(清水勝彦著)東洋経済新報社

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