奇跡の経済教室 第5回

引き続き「目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】」の内容を取り上げます。前回のテーマは「貨幣とは何か?」でした。貨幣とは、第三者にも譲渡できる特殊な形式の「負債」です。ただし、その「負債」にはデフォルト(債務不履行)のリスクがないということが重要です。デフォルトの可能性がないからこそ、誰もが貨幣として受け取るのです。

現代経済において、貨幣として流通とするのは、「現金通貨(中央銀行券と鋳貨)」と「銀行預金」であるとされています。中央銀行券(お札)と鋳貨(コイン)だけでなく、「銀行預金」も貨幣に含まれます。銀行預金は貨幣のおよそ8割を占めます。現金通貨(のうち中央銀行券)を創造するのは中央銀行です。例えば、一万円札を創造するのは日本銀行です。そして、実は、「銀行預金」という通貨(これを「預金通貨」といいます)を創造するのは、銀行なのです。

私が銀行員だったとき、銀行は、個人や企業が預けた預金を元手にして貸出しを行っていると考えていました。しかし、これは大きな間違いだったようです。実際には、貸出しによって、預金という貨幣が創造されるのです。そして、借り手が債務を銀行に返済すると、預金通貨は消滅します。

例えば、A社に銀行が1000万円の貸出しをするとします。融資の実行日に、銀行はA社の預金口座に1000万円と記帳するだけです。銀行が保有する現金1000万円をA社に渡すわけではありません。1000万円通帳に印字することで何もないところから銀行は1000万円の預金通貨を生み出すことができています。貸出しと同時に預金も1000万円創造されています。

このように、銀行は手元にある預金を貸し出すわけではありません。むしろ、貸出しが預金が生み出しています。したがって、借り手に資金需要と返済能力がある限り、預金の制約を受けることなく、銀行は、貸出しをすることができるのです。

銀行についての社会通念がひっくり返ると、経済政策に関するいくつもの社会通念が、根本からくつがえることになります。イングランド銀行は「多くの経済学の教科書が、貨幣供給について間違った説明をしている」と指摘しています。その教科書の間違った説明というのは、次のようなものです。


中央銀行が保有するマネタリー・ベース(現金通貨と準備預金の合計)を供給すると、各銀行は、それを裏付けとして貸出しを増やしていく。その結果、銀行システム全体で乗数倍の貸出し・預金が形成される。これが「貨幣乗数」の理論である。


この説明によれば、中央銀行は、マネタリー・ベースの量を操作することで、貨幣供給量を操作できることになります。なお、「貨幣供給量」とは、個人や企業(民間非金融部門)の保有する現金通貨と預金通貨の合計のことです。この「貨幣供給量」を増やし、インフレを起こすためには、中央銀行がマネタリー・ベースを増やせばよいということです。

しかし、先述した通り、銀行による貸出しは借り手の預金口座への記帳によって行われるにすぎません。銀行の手元にある預金は、銀行の貸出し能力の制約とはならないのです。貸出しの制約となっているのは、あくまで借り手の資金需要です。したがって、中央銀行がいくらマネタリー・ベースの量を操作して各銀行の準備預金を増やしたところで、借り手に資金需要がない限り、銀行の貸出し(すなわち預金通貨の創造)は増えません。デフレとは需要不足、つまり、民間に資金需要がない状態です。したがって、デフレの時には、中央銀行は、貨幣供給量は増やせず、したがってインフレを起こせないのです。

次に財政政策をめぐる社会通念について、検証してみましょう。日本は巨額の財政赤字を抱えています。GDPに占める政府債務残高は、平成30年度には、ついに240%近くまで迫っており、主要先進国と比較しても、最悪の水準になっています。財政危機ならば、国債を買う人がいなくなるので、金利は暴騰するはずです(国債の価格下落→金利上昇)。ところが、日本国債の金利は、世界最低水準で推移してきました。政府債務が積みあがっているのに、金利は逆に下がっていったのです。つまり、日本国債の買い手が山ほどいるということです。よくある答えは「民間部門に貯蓄がたっぷりあって、それが日本国債を買っているからだ。しかし、民間貯蓄がなくなったら、財政は破綻する」というものです。

しかし、この考え方は間違いです。銀行の企業への貸出しは、銀行が保有する預金の制約を受けませんでした。したがって、政府への貸出しもまた、預金による制約を受けることはないはずです。ただし、政府は民間銀行に預金口座を保有していません。日本では、銀行が国債を購入する場合(政府へ貸出しする場合)、銀行が日銀に保有する当座預金口座を利用することになります。銀行が国債を購入するプロセスは具体的には下図のようになります。

出典:オントラック作成

① A銀行が国債100億円を購入するとA銀行保有の日銀当座預金口座から政府保有の日銀当座預金口座に100億円振替られます。
② 政府は公共事業の発注に際し、請負企業X社に政府小切手によって代金100億円を支払います。
③ X社は政府小切手を取引銀行(ここではA銀行)に持ち込み、代金取立てを依頼します。
④ 取立てを依頼されたA銀行は、100億円をX社の口座に記帳します(新たな民間預金が創造)これと同時に代金の取立てを日本銀行に依頼します。
⑤ 日本銀行は、政府の口座からA銀行の口座に100億円振替えます。
⑥ 銀行は戻ってきた100億円で再び、国債を購入できます。(①に戻る)

このプロセスから二つのことがわかります。第一に、銀行は日銀に開設された日銀当座預金を通じて、国債を購入しています(①)。集めた預金を元手にして国債を購入しているわけではありません。したがって、銀行の国債購入は、民間貯蓄(預金)の制約を受けません。では、この銀行の「日銀当座預金」はどこから来たのでしょうか。それは、もとはと言えば、日銀が供給したものです。第二に、政府が国債を発行して、財政支出を行った結果、その支出額と同額の「民間貯蓄(預金)」が新たに生まれています。つまり、政府の赤字財政支出は、民間貯蓄(預金)を減らすのではなく、逆に増やすのです(④)。そして、図で説明した通り、①から⑤のプロセスは無限に回るのです。

あなたはこう言うかも知れません。「そんなのは「錬金術」じゃないか!」著者はここで、あえてこう断言しています。現代の資本主義経済においては、錬金術が可能になってしまっている。ここまでの議論をまとめておきましょう。政府の財政赤字は、民間部門の貯蓄によって支えられているのではない。政府の財政赤字は、それと同額の民間部門の貯蓄を生み出す。したがって、民間部門の貯蓄が財政赤字拡大の制約となることはあり得ない。

次回は、「果たして財政赤字には限界がないのか?」をテーマにします。

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