事実は小説よりも奇なりと言われたりしますが、まさにこの「粉飾決算 VS 会計基準」を読んでこのことを痛感しました。400ページに近い大作を私は一気に読んでしまいました。
本書は日本の経済社会を震撼させた5件の巨大粉飾決算事件を分析しています。10年経って有罪から一転して逆転無罪となった長銀、日債銀粉飾決算事件、著者が冤罪とみるライブドア事件、投資の含み損の「飛ばし」に端を発した長期にわたるオリンパス粉飾決算事件、そして原発企業ウエスチングハウス買収が巨額損失隠しにつながった東芝粉飾事件です。
本書で分析の対象となっているものは、時代が取得原価会計から時価会計に移行していく過程で事件化し、時価会計が主力になった時代に粉飾決算事件として決着しています。著者は粉飾決算を引き起こした経営者は指弾されてしかるべきとしながらも、時価会計が経営者の倫理観を毀損していった側面があると指摘しています。
迷走を続けている東芝の苦境は2006年10月のウエスチングハウスの買収に起因するといいます。著者は「のれん」の会計処理が旧日本基準であったならば、東芝はウエスチングハウスの買収などやらなかったと考えています。※「のれん」についてはファイナンス用語辞典をご覧ください。
「のれん」の費用化の方法として取得原価会計では、償却方式が採用されています。一方、時価会計では減損方式です。現在の日本の会計基準では20年間の償却を認めていますが、旧商法では5年だったといいます。
東芝が減損方式をとる米国会計基準ではなく、旧商法による5年間の「のれん償却」であれば、東芝のウエスチングハウスの買収によるのれん6,028億円は毎年、最低1,205億円(=6,028億円÷5年間)の償却負担を東芝の連結損益計算書にもたらすことになります。
ウエスチングハウス買収が行われた東芝の2007年3月期の株主帰属当期純利益は1,374億円に過ぎなかったことから、この買収は出来なかったであろうと著者は指摘しています。
減損方式では、減損の兆候さえなければのれんが費用化されることはないので、費用計上なしに企業買収が出来てしまうという側面があります。そして、買収企業の売上と利益は連結決算で取り込むことが出来ます。
巨額買収を行って巨額ののれんを計上している巨額M&A志向企業の圧倒的多数が米国会計基準や国際会計基準を採用している現実をみるとき、時価会計によるのれんの減損方式は経営者の倫理観を麻痺させているというのです。
本書は時価会計の問題点のみならず、会計監査がもはや機能していない公認会計士制度、さらに、その混乱の中で法による経済秩序を求める経済司法の問題点をも指摘しています。この本はめちゃくちゃお薦めです。