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ものづくりは政治で動かせない:Appleのサプライチェーン再編の現実

最近の米中貿易摩擦は、グローバル企業のサプライチェーン戦略に大きな影響を与えています。米国は貿易赤字の是正や安全保障上の懸念を背景に、中国からの輸入品に段階的に関税を課し、中国も報復措置で応じました。一部の電子機器では関税措置の猶予や見直しもあり、グローバルサプライチェーンの複雑さが浮き彫りになっています。

このような背景の中、今回のブログではAppleを例に、中国依存の実態と今後の対応策について考察します。Appleは長年、中国での製品製造に依存しており、iPhoneなど主要製品の9割以上が中国で組み立てられています。

Foxconn(鴻海精密工業)、Pegatron(和碩聯合科技)などの台湾系EMS企業に加え、近年ではLuxshare(立訊精密)のような中国系企業も台頭し、中国の製造エコシステムを支えています。これは単に人件費の安さだけではなく、部品供給の集積、熟練労働者の豊富さ、物流インフラ、地方政府の支援など、多様な要素が絡み合って形成されたものです。

さらに、中国はAppleにとって販売市場としても重要です。Appleの売上高は、FY2020からFY2022にかけて力強い成長を遂げました。特にFY2021は前年比33%増と大幅な伸びを示しています。FY2022も成長を維持した。FY2023には前年比で若干の減少が見られたものの、FY2024には再び増加に転じ、過去最高水準に近づきました。


出典: Apple Inc. Form 10-K (FY2020-FY2024)

一方で、中華圏では、FY2021に大幅な成長を遂げ、FY2022も高水準を維持しましたが、FY2023、FY2024と2年連続で減少しています。このように、中国は、米州・欧州に次ぐ規模を持つ一方で、近年の売上は現地経済、政府政策、国内ブランドとの競争などの影響を受けやすく、不安定さも抱えています。製造と販売が一体となった構造の中で、地政学リスクへの対応はますます重要になっています。

こうした状況を受け、Appleは完全な「脱中国」ではなく、「China + N」戦略を進めています。これは、中国(China)を主要な生産拠点としつつ、他の国(N)にも生産拠点を分散させることで、一国集中リスクを低減するアプローチのことをいいます。

インドではiPhoneの生産比率が急速に高まり、政府の支援も後押しとなっています。ベトナムではAirPodsやApple Watch、MacBookなどの生産が進められています。ただし、これらの国々では熟練人材の育成やサプライヤー網の整備、インフラ面での課題が残されており、中国のような高度な製造体制の再現は容易ではありません。

米国への生産移転も議論されますが、コストの大幅上昇や製造基盤の未整備といった壁があり、Apple製品の価格にも直接的な影響が出るとされています。たとえば、Wedbush証券ダン・アイブス氏は、iPhoneの最上機種であるiPhone16Pro Maxは、1199ドル(約17万2000円)から2300ドル(約33万円)になると試算しています。それに加えて、現代の製造業は自動化が進んでおり、国内での大規模雇用創出も限定的です。

Appleの動向は、グローバル企業が直面する地政学と経済合理性のはざまでの現実的対応を象徴しています。短期的に中国を代替することは困難であり、段階的かつ柔軟な分散戦略が最も現実的な選択肢といえるでしょう。


Image generated by Yuichi Ishino using Gemini.

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