エーザイのCFOの柳氏の著書「ROE革命の財務戦略」の内容は、私にとっては衝撃的でした。
同著によれば、2015年3月末現在で、東証一部(金融を除く3,463社)のバランスシートには、約82兆円の現金(現金および同等物)が積み上がっているといいます。これに投資有価証券を加えるとなんと166兆円になります。
上場企業の1割以上で「保有現金+投資有価証券」が「時価総額」を上回っており、さらに、「保有現金+投資有価証券-有利子負債」が「時価総額」を上回る企業が115社あるといいます。
これは驚くべきことです。簡単に言ってしまえば、企業を「時価総額」で買収したら、差し出したキャッシュ以上のキャッシュが手に入る企業が115社あったということです。
なぜ、このようなことが起きるのか?柳氏は、資本市場から見て日本企業の現金の価値がディスカウントされているからだといいます。
Jensenのフリーキャッシュフロー仮説によれば、多額の現金を保有している企業は、利益率の低い(資本コストを下回り価値破壊する)プロジェクトに投資する可能性がある。言い換えれば、お金がたくさんあると無駄遣いしがちであり、コーポレートガバナンスが脆弱な企業は、保有現金を無駄遣いしてしまいがちであるということです。
コーポレートガバナンスは、「企業統治」と訳されますが、私の元上司の松田千恵子氏は、著書「これならわかる コーポレートガバナンスの教科書」でこう説明しています。コーポレートガバナンスとは、「社長の暴走と逃走を防ぐ仕組み」である。
この「社長の暴走と逃走を防ぐ仕組み」が日本企業には十分に確立されていないことが、日本企業の現金がディスカウントされる理由なのでしょう。
最近、大手の食品会社のM&A担当者からこんな愚痴を聞きました。その企業はまさにキャッシュリッチな企業です。株主からは、その手元現金を何に使うのか、常に注目されている企業です。
その担当者は、社長からこんなことを言われ始めたといいます。
「なんでもいいから、買うものを持って来い!」
これは、「キャッシュリッチな日本企業は「高値づかみ」の企業買収をするとしばしば外国人投資家から批判される」と柳氏が著書で指摘している通りのことが現実に起きているということです。
ある国内独立系の運用会社の担当者のコメントが紹介されています。
「現金評価は50%と考えるが、50%での評価というのはきわめてざっくりしたものである。大半の企業では保有現金をすべて株主に返すということはありえず、またROICを維持向上させるような投資やM&Aに使うということも考えにくいため、100%評価はできない。一方でまったくゼロ評価ということもないというあたりから出てきたものである。
経験的にも、いわゆるキャッシュリッチな企業の株価を見ていると、保有現金を半分程度で評価するとバリュエーションの水準が適度な範囲に落ち着くことが多いように思われる」
蓋然性の高い成長ストーリーを描き、それを実行することが出来ないのであれば、手元現金は株主還元して欲しいものです。