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ROEを超える企業価値創造

ROEを超える企業価値創造」という書籍。エーザイ専務執行役CFO柳氏の発言がとても示唆に富んでいるのでご紹介しましょう。

日本企業の現金が非常に低く評価されているのはなぜか?という質問に柳氏はこう答えます。

「日本企業が持っている100円は、世界の投資家からは50円と評価されています。大きな国富が失われているとも言えますし、PBRが1倍割れの企業がいまだに4割ちかくある、あるいは現金のほうが時価総額より大きい会社が数百社あるというような状況も、こういった現金の価値のディスカウントに起因していると思います。

では、なぜそういうことが起こるのか。簡単に言うとコーポレートガバナンス・ディスカウントです。経営者が保身のために現金をためこんで、使いもしない、投資家に還元もしないエージェンシー問題です。もうひとつの要因は、投資判断に対する懸念です。特に日本企業のクロスボーダーのM&Aでは大きな減損が発生して債務超過に陥った企業もあります。高値掴みのM&Aもエージェンシー問題の一部と言われます。」

CFOの立場として、保身という意味ではなく、資金繰りなどを考えて現金を持っていたくないですか?という質問にはこう答えます。企業にとっての最適な現金残高というのは深遠なテーマです。

「要は過小資本も悪だし過剰資本も悪だということです。ですから最適な資本構成を目指すべき。現金で言うと、現金の最適保有レベルというのがあります。それは財務の健全性や流動性を担保するレベルで、それ以上増えてしまうとディスカウントが起こっていくということです。たとえばエーザイのCFOとして私が定めているのは、最適資本構成はシングルA格を維持できるようなクレジットのKPIで、ネットDER(負債資本倍率)で言うとプラスマイナス0.3以下。自己資本比率でざっくり言うと50%から60%のレンジ。自己資本比率20%では過小資本で怖いのですが、事業の健全性から見て自己資本比率80%までは必要ないわけです。

現金保有は多いほど良いという考え方は間違いで、資本コストが仮に8%かかっていると考えれば、その分企業価値を損なってします。一方で現金を持っていないと支払準備がなくなります。そこで基本的には月商の3ヵ月分の現金を持つことをCFOポリシーで定めています。キャッシュ・コンバージョン・サイクルですね。売掛金、在庫、買掛金の回転期間ギャップの部分は流動性を担保しておく。それ以上キャッシュを積み増すことは特定の投資案件などがない限りは認めないというCFOポリシーを、世界の子会社のCFOにも通達して連結で管理しています。

なおかつ、年間700件の世界の投資家との面談の中で、過去のトラックレコードや格付のシミュレーションなど論拠を示すことによって現金保有レベルに合意を得ていきます。最適資本構成、最適現金保有レベルのコンセンサスが得られれば、大きなガバナンス・ディスカウントは起きないと思います。」

(略)

「UBS証券勤務時代、100社くらいのIRに同席することがありましたが、現金を過剰に保有する企業経営者がバリュー投資家からチャレンジされているケースに時々出くわしました。あるとき、海外投資家との面談の中で、3月末時点の現金はいくらだと聞かれて、社長が「Our cash is…..」と言おうとした瞬間に、その投資家が「No no no, it’s NOT your cash, BUT our cash!」と指摘したんですね。ここに企業と投資家のメンタリティの差が表れています。欧米では、企業側が「your company」と言ったり、投資家側が「our company」という言い方をしたりします。株主原理主義ではなく、同じ船に乗って最終的に残余利益請求権が株主にあるという共通理解を持った対話と、あたかも現金は会社のもの、ひどい場合は社長の資産なんだというメンタリティの相違、そのボタンの掛け違いに愕然とした経験が何度もあります。」

エーザイでは7名のチームで年間700件以上、投資家と面談しているといいます。直接利益につながらないのに、何でそんなにリソースを割いているのか。柳氏はこう明言しています。「端的に言うと、資本コストを下げて企業価値を上げるためです。

一橋大学大学院の伊藤邦雄先生はこう言っています。「この国には真のCFOがいない。スーパー経理部長しかいない。」ただ、これは逆に言うと、日本企業にはポテンシャルがあるとも言えます。CFO 人材育成のために少しでも貢献できればと思います。

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