まやかしのステークホルダー資本主義

事業会社の目標は何であるべきか。経済学者のミルトン・フリードマンは、1970年9月のニューヨーク・タイムズの記事で「企業の社会的責任は利益の最大化である」と説きました。この論文が米国における株主利益第一主義を確固たるものにしたと言われています。

米国には「ビジネス・ラウンドテーブル(以下BRT)」という主要企業の経営者らが参加する経済団体があります。このBRTが1997年に発表した「企業統治に関する声明」(Statement on Corporate Governance)に、フリードマンの論文が大きな影響を与えました。この声明では、「企業の第一の目的は所有者(株主)に対する経済的な利益の創出にある」とし、株主利益第一主義を掲げました。

そのBRTが、2019年8月「企業の目的に関する声明(パーパス文書)」(Statement on the Purpose of a Corporation)で株主利益の追求を至上とする考え方の見直しを表明しました。このパーパス文書には180社余りの経営者が署名しています。この声明では、顧客、従業員、取引先、地域社会、株主を本質的なステークホルダーとし、これら全てに価値をもたらすことが企業の使命であるとしています。従来の株主利益第一主義からステークホルダー資本主義に大きく舵を切ったと言えます。

実は、米国企業はそもそも株主利益第一主義ではなく、経営者第一主義なのではないかと思わざるを得ません。1978年から2018年の間で、CEOの報酬は10倍以上に増えているのに対して、S&P500は8倍程度です(出所:CEO compensation has grown 940% since 1978)。経営者が株主以上に報われているのです。また、同じ期間の従業員の賃金の伸びは、約1.1倍ほどにとどまっているわけですから、いくらパーパス文書で従業員を大切にすると言われても説得力に欠けます。また、ペンシルバニア大学の調査では、パーパス文書に同意した企業の方がしない企業よりもコロナ禍の業績不振を理由にしたレイオフが多かったという結果が出ています。(出所:Beware of Corporate Promises

ファーストリテイリングの柳井さんは、「経営者になるためのノート」でこう言っています。会社にとって儲けることは重要なことですが、それ自体は手段にすぎません。会社の最終目的は「人間を幸せにするために存在している」という使命の実現にあるべきなのです。この柳井さんの発言は、従来より「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしの経営を理念に掲げ、当たり前に実践してきた多くの日本企業にとっては、特別なものではないはずです。米国企業を代表する著名な経営者たちがわざわざステークホルダーが大切である旨の声明を発表しなくてはならないことの方がむしろ問題の根深さを感じさせます。米国企業で、ステークホルダー資本主義が当たり前になるのには、長い歳月がかかると思います。

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