前回、ホンダのセグメント情報を使って、二輪、四輪、金融の資本効率をROICの近似指標で確認しました。そこで浮かび上がったのは、二輪の税前近似指標が30%前後と非常に高い一方で、四輪は1〜5%にとどまり、2023年3月期にはマイナス圏に沈んだという事実です。
では、この四輪の低い資本効率を踏まえて、2026年3月に公表されたEV戦略の見直しをどう評価すべきでしょうか。
まず前提を整理しましょう。ホンダが四輪の電動化目標を打ち出したのは、2021年4月の新社長就任会見でした。グローバルで2040年にEV・FCV比率100%、先進国では2030年に40%、2035年に80%という中間目標も示しています。単なる遠い将来目標ではなく、かなり踏み込んだコミットメントでした。
当時、欧州は内燃機関への規制強化を鮮明にしており、米国でも脱炭素の政策的な追い風が強く、資本市場はEVを高く評価していました。その空気の中で電動化に舵を切ったこと自体は、少なくとも当時の前提に照らせば、それほど不自然ではありません。
ただし、一つ見過ごせない点があります。前編で見た近似指標でさえ、2021年3月期の四輪は1.1%と低い水準でした。厳密なROICそのものではないにせよ、少なくとも四輪が高収益事業ではなかったことはうかがえます。収益力がこれだけ弱い事業で大きく賭けるなら、通常は「どの条件が崩れたら立ち止まるのか」をあらかじめ決めておく必要があります。
問題の本質は、EVに賭けたこと自体ではなく、賭け方にあります。
成熟した製造業が不確実な技術に投資するとき、投資規律の基本は三つです。段階的に資金を投じること、撤退条件を事前に設定すること、前提が崩れたら速やかに修正すること。
ホンダの場合、この三つがどこまで機能していたのかが問われます。2026年3月12日の会社発表では、北米でのEV市場の伸び鈍化、政策・補助金の前提変更、中国での競争激化、アジアでのソフトウェア競争への対応不足が説明されています。これらはいずれも一夜にして起きた変化ではありません。少なくとも2025年5月の時点で、ホンダ自身がEV市場の成長鈍化と競争環境の変化を前提に、電動化関連投資総額を10兆円から7兆円へ見直し、資源配分の再設計を打ち出していました。
にもかかわらず、北米向けEV 3車種の開発中止という大きな判断が出てきたのは2026年3月です。損失見積りはFY2026とFY2027を中心に最大2.5兆円。会社説明によれば、この中には開発資産の減損・除却、設備関連損失、戦略転換に伴う引当、中国での持分法損失が含まれています。
もちろん、損失額の大きさだけで修正の遅れを断定することはできません。とはいえ、損失がここまで広い範囲に及んだことは、前提変化に対する投資の見直しが、少なくとも十分に早かったとは言いにくいのではないでしょうか。
たとえば、北米専用EVへの大型投資は、販売見通し、補助金の継続性、価格競争力といった前提ごとに段階ゲートを設け、一定条件を下回った時点で投資規模を縮小する設計にしておくという選択肢はあったはずです。対照的に、トヨタはパワートレインの選択肢を広く残す戦略を維持してきました。ここで重要なのは優劣を決めることではなく、前提変化に対する構えという観点です。
現時点の収益構造と市場環境に照らせば、今回の方針転換は理にかなっています。
実は、ホンダは2025年5月のビジネスアップデートの時点で、すでにEVの2030年販売比率が従来目標の30%を下回る見通しであることを認め、ハイブリッド車を過渡期の中核として再強調していました。2030年の四輪販売のうちHEV 220万台という具体的な数字もこの時点で出ています。つまり、2026年3月の発表は突然の方針転換ではなく、2025年から始まっていた修正が、損失認識という形で表に出たものといえます。
足元ではHEVで収益基盤を立て直しつつ、EV一辺倒ではなくパワートレインのポートフォリオを見直す。この方針自体は、前編で見た四輪の収益構造を考えれば理にかなっています。問題は判断の方向ではなく、速度です。前提の変化を感知してから修正に至るまでの時間を、もっと短くできなかったのか。その問いは残ります。
最後に、前編のセグメント別近似指標に立ち返ります。
二輪の税前近似指標は30%前後。四輪は1〜5%。この差がある限り、ホンダの連結収益を支えているのは二輪であり、四輪は連結の見た目ほど稼げていません。その四輪に、不確実性の高いEV投資を大きく積んだ結果、最大2.5兆円規模の損失認識に至りました。
問われているのは、EVの将来性そのものではありません。資本効率の低い事業に大型投資を行うときに、どこまで賭け、どこで止まるかを、あらかじめ数字で決めていたのかという点です。今回のホンダの事例は、その問いを私たちに正面から突きつけているといえます。



