投資判断に使われる割引率は本来、事業リスク毎、プロジェクト実施国毎に決める必要があります。エーザイの投資評価に関する記事が日経新聞(2016年6月25日付)に掲載されていました。
「資本コストを上回る投資収益を上げる」。エーザイの柳良平・最高財務責任者(CFO)は、昨年夏に全社に導入した投資評価システムの狙いをこう強調する。
仕組みはこうだ。投資先の国・地域やリスクの大きさなどに応じて、約200種類の割引率を設定。事業部門は決められた割引率を使い、投資案件から得られる現金収入の現在価値を計算する。現在価値から投資額を引いた金額がプラスならゴーサインが出る。
割引率は全社の資本コスト(8%)に基づいて設定した。結果的に投資収益が資本コストを上回る案件だけが実行されるのがミソだ。
自己資本利益率(ROE)と併せ、資本コストを意識する企業が増えている。資本コストとは株主から預かった資金(自己資本)にかかるコスト。株主が期待する最低限の投資収益率でもある。ROEが資本コストを下回る企業は、株主の期待に応えられず「株主価値を破壊している」(柳CFO)ことになる。
2016年3月期の有価証券報告書によれば、エーザイの事業セグメントは、医薬品事業とその他事業に分類されています。医薬品事業を構成する日本(医療用医薬品、ジェネリック医薬品、診断薬)、アメリカス(北米、中南米)、中国、アジア(韓国、台湾、香港、インド、ASEAN等)、EMEA(中東、アフリカ、オセアニア)、薬粧-日本(一般用医薬品)の6つです。
こう見ると、販売国も多岐にわたっており、事業は医薬品事業がメインといえども、カントリーリスクを加味すれば、割引率が200程になるというのも納得できます。
それでは、エーザイがもし、事業リスク、カントリーリスクを考慮せず、同社の資本コストである8%を投資判断の割引率に設定したら何が起こるのでしょうか。
上図は横軸が事業リスク、縦軸がハードルレート=割引率=投資家の要求収益率です。斜めの線は証券市場線と言って、ハイリスク・ハイリターンの原則を表しています。ハイリスク・ハイリターンとは、「リスクが高いものに投資するときは、それ相応の高いリターンを要求すべき」ということです。
私の想像ですが、事業セグメントの中でも、薬粧-日本(一般用医薬品)は事業リスクが低いビジネスでしょう。ハイリスク・ハイリターンの原則からすれば、もしかしたら、5%のリターンが得られば、十分かも知れません(あくまでも想像です)。
ところがエーザイがハードルレート=割引率を8%に設定していたら、この投資はするなということになるわけです。つまり、せっかくの投資機会を逃してしまう可能性があるということです。
それでは、反対にアフリカのビジネスはどうでしょうか。先進国と比較すれば、法律もまだ十分に整備されているとは言えないですし、政府の一存で簡単にルールが変わってしまうということもあるかも知れません。
つまり、エーザイからすれば、リスクが高いわけです。本来ならば、少なくとも、20%のリターンが得られないとやる意味がないビジネスかも知れません。ところが、ハードルレート=割引率を8%に設定されていたとしたら、投資実行になるわけです。本来は投資してはいけないにもかかわらずです。
こうしたことを避けるために、事業リスク(含むカントリーリスク)に見合ったハードルレート=割引率を設定すべきなのです。
最後に冒頭の日経新聞の記事についてです。
ROEが資本コストを下回る企業は、株主の期待に応えられず「株主価値を破壊している」(柳CFO)ことになる。
新聞記者が、どこまでわかっていて、この記事を書いているか分かりません。でも、この記事は誤りです。
ROEと比較しなくてはいけないのは、資本コストではなく、株主資本コストです。ROEが株主資本コストを下回る企業は、株主価値を破壊しています。資本コストと比較するのは、ROICです。お間違いなく。