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ファイナンス理論の限界

ここ数年、私が苦労して学んだファイナンス理論に限界があると言われはじめています。

実は、ファイナンス理論は人間が常に合理的に行動するという前提で構築されたものです。しかし、ファイナンスの主体となる私たちは、あらゆる経済活動を常に合理的に、行なっているわけではありません。

むしろ、私たちの心理状態がその判断能力に大きく影響を及ぼす可能性があります。たとえば、汗水たらして自分が稼いだ100万円と、ギャンブルで当てた100万円は、同じ100百万円でも意味合いが違います。

合理的に考えれば、どのような手段で獲得したものであろうが、100万円は100万円です。ところが、わたしたちは100万円を使うという経済活動において、100万円の獲得手段に少なからず、影響を受けるわけです(これをあぶく銭効果といいます)

このような場合でさえ、従来のファイナンス理論は100万円は100万円としかとらえることはできません。そんな中で、ファイナンス理論に、認知心理学や社会心理学のアプローチをつかった研究が注目されてきました。

これが2002年にノーベル経済学賞を受賞した「行動ファイナンス理論」です。(従来のファイナンス理論は「伝統的ファイナンス理論」と呼ばれます)

まずは、あまりにも有名なこの問題に答えていただきましょう。

奈々子は37歳、非常に知的ではっきりものを言う女性です。彼女は学生時代には心理学を専攻し、差別や社会正義の問題に深く関心をもち、核兵器反対のデモにも参加していました。彼女について最もありそうな選択肢を選んでください。
(参考:Tversky and Kahneman 1983)

A. 奈々子さんは銀行員である。
B. 奈々子さんは銀行員で、かつ女性運動で活動している。

ちなみに、私がビジネススクールでこの問題を出題されたときは、まっさきに、Bを選択しました(笑)

実は、この問題に対して、多くの人(約90%)がBの文章のほうがありそうだと判断する、という実験結果があります。おそらく、Bを選んだあなたは、心理学を学んで、差別問題と社会正義に関心がある女性なら「おそらく女性運動にも参加しているんじゃないか」と思ったのではないでしょうか。

このように、人間は、物事を判断するときに、すでに持っている知識や経験から生ずる、ある種の期待(スキーマといいます)に頼る傾向があるわけです。

確率論によれば、二つの事象が同時に発生する確率は、各事象が発生する確率よりも小さくなります。

たとえば、奈々子さんが銀行員である確率と、女性運動で活動しているという確率がそれぞれ30%と20%の場合、奈々子さんが「銀行員かつ女性運動家」である確率が、20%を超えることはないわけです。(実際は二つの確率を掛け合わせた6%=30%×20%)

実は、金融の専門家でさえ、この種の確率の推計で過ちを犯しやすいという実験結果があります。専門家に次の各イベントが起こるであろう確率を推定してもらいました。

1.米国経済が過熱しているという最初の兆候が現れる(41%)
2.米国経済のインフレ率が上昇する(44%)
3.連銀が金利を抑えこむのに努力する(26.9%)
4.米国経済が過熱しているという最初の兆候が現れ、その後インフ
レ率上昇し、そして連銀が金利を抑えこむのに努力する(35%)

(参考:Kiell and Stephan 1997)

括弧内は、専門家が推定した確率です。
4番目の確率が35%もあることに注意してください。
この実験結果が合理的でないことはお分かりになるはずです。

このように人間は、自分の経験や知識に関係のある事象の確率を過大に推計したり、あるいは、多くの人が、可能性が全くない場合ですら、経験的に観察される関係や因果関係を過大に評価する傾向があるのです。

この行動ファイナンスで扱われる有名な問題を通して、私たちが常に合理的に考えるわけではない、ということが再認識できたのではないでしょうか。

実は、行動ファイナンスは、「ポートフォリオ理論やCAPMのような伝統的ファイナンス理論では、実際の証券市場での価格形成過程を十分に説明できない」という問題意識から発展してきた分野です。

しかし、だからといって、人間が常に合理的に行動することを前提とする「伝統的ファイナンス理論」はいらない、と言っているわけではありません。なぜなら、伝統的ファイナンス理論は、条件を限定し、単純化することによって、私たちにわかりやすい思考の枠組みを提供してくれているからです。

大切なことは、過度にこの「伝統的ファイナンス理論」に頼ってはいけないということです。

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