前田建設工業の前田道路に対するTOB(株式公開買い付け)が混迷の度を深めています。2月20日、前田建設によるTOBへの対抗策として、535億円の特別配当実施を打ち出しました。従来から計画していた配当と合計すると、今期の配当総額は約615億円です。手元資金の相当部分を一気に吐き出すという大胆な作戦に打ってでました。
2020年3月3日付日経新聞によれば、さらに前田道路が同業最大手のNIPPOとの資本業務提携の検討入りを発表したといいます。535億円の特別配当に続き、TOB撤回を促す一手を打ったといえます。
道路舗装で業界首位を争う前田道路は時価総額で前田建設を上回ります。「小」が「大」をのみ込む企業再編は受け入れがたいのかも知れません。日経ビジネスのインタビューで、前田道路社長は、今まで子会社として前田建設に配当を十二分に「上納」してきたと説明しています。「それで何が悪いのか?」という気持ちなのでしょう。そんな心情は前田道路社長の「子会社と言われるのが一番カチンとくる」という発言に表れています。
親会社と子会社の確執みたいものを言外に感じるのは私だけではないでしょう。今回の「前田vs前田」でひとまず、経済的にメリットがあるのは、前田道路の株主です。金庫に眠っていた現金を特別配当という形で手に入れることができるからです。
一方、前田建設の株主からみたらどうでしょうか。前田建設は前田道路の大株主でもありますから、特別配当のメリットは一部享受することはできます。ただ、このまま前田建設が前田道路の買収を強行したら、どうでしょうか。
M&Aの買い手企業の株主が獲得する価値は以下のようにあらわすことができます。
買い手企業の株主が獲得する価値=買収によって獲得する価値-支払う買収価格
買収によって獲得する価値とは、売り手企業の単独価値とM&Aによって生み出されるシナジー効果の現在価値の合計です。ここでのシナジー効果は買い手企業か売り手企業、あるいは両社のキャッシュフローの増加という形で現れます。
支払う買収価格は、売り手企業の市場価格に売り手企業の株主が株式売却を決意するに足るプレミアムを加算した金額になります。すなわち、以下のように式を変形することができます。
買い手企業の株主が獲得する価値
=買収によって獲得する価値-支払う買収価格
=(売り手企業の単独価値+シナジー効果の価値)-(売り手企業の市場価格+買収プレミアム)
ここで具体的に考えてみましょう。ここでは売り手企業(今回のケースでは、前田道路)の単独価値は、市場価格と同じ100億円だとします。そして、買い手企業(今回のケースでは、前田建設)が売り手企業を買収するために市場価格の30%の買収プレミアムを支払うとします。つまり、買い手企業が支払う買収価格は130億円です。買い手企業は、売り手企業を買収すれば、シナジー効果によって売り手企業の価値を40%と高めることが出来ると考えたとしましょう。つまり、買収によって買い手企業が獲得する価値は140億円となります。この買収によって獲得する価値140億円から買収価格の130億円を差し引いた10億円が買い手企業の株主が獲得する価値になります。
(出典)「企業価値評価(マッキンゼー)」を参考にオントラック作成
このことから分かるように、売り手企業の単独価値と市場価格が同じ場合、買い手企業の株主が獲得する価値は、シナジー効果の価値が買収プレミアムより大きい場合に発生します。
買い手企業の株主が獲得する価値=シナジー効果の価値-買収プレミアム
買い手企業が買収プレミアムを30%支払う場合、買い手企業が売り手企業の価値を少なくとも30%増やさないと買い手企業の株主にとっては経済的メリットはないということになります。
前田建設と前田道路の今までの関係性や前田道路社長の発言から、仮にTOBが成立したとしても、買収プレミアムよりも高いシナジー効果を両社が生み出せるような関係性を構築できるとは思えません。前田建設の取締役会はぜひ、感情的にならずに撤退する勇気をもっていただきたいものです。