テレビでメジャーリーグ中継を見ていたときです。米国の解説者が、大谷翔平選手と(ブルージェイズの)ブラディミール・ゲレーロJr.選手の契約金額を比較していました。ここで私は「はっ」としました。総額だけで比べるのは、契約期間が違う以上、比較としては間違っているからです。
ただ、驚いたのは、その解説者が現在価値(PV:Present Value)に割り引いて比較していた点です。以前のブログで、大谷選手の後払いを現在価値に割り引くと、見かけ上の総額とは別の姿が見えてくる、という話を書きました。※「大谷翔平、ドジャースに268億円の寄付か」
今回のブログで取り上げたいのは、「大谷翔平選手とゲレーロJr.選手の契約金額のどちらがすごいのか?」をファイナンス的に考えるということです。
(1)まずは「現在価値(PV)」でタイミングを揃える
比較の第一歩は、将来のお金を現在の価値に直すことです。
大谷選手の契約は、報道によれば10年7億ドル(1,050億円)ですが、その大部分である6.8億ドル(1,020億円)が後払いです。
この後払いを現在価値換算するとき、よく引用されるのが 4.43% という数字です。これはMLBの労使協定(CBA)で定められたルール上の基準レートです。私としては、「球団の信用リスク」も加味したいところですが、今回は公平にこのルール上のレートを使って計算します。
報道ベースの数字をこのレートで割り引くと、現在価値(PV)は以下のようになります。
大谷翔平(10年契約):PV 約3億6,600万ドル(約549億円)
ゲレーロJr.(14年契約):PV 約3億6,700万ドル(約550億円)
(※ゲレーロJr.は14年総額5億ドル(750億円)均等払いと仮定、1ドル=150円換算)
これで「お金のタイミング」によるズレは解消されました。しかし、まだ問題が残っています。「期間」が違うことです。
(2)期間が違うなら「単年度当たりのPV」で比べる
ここからが本題です。期間の違うプロジェクト(10年 vs 14年)を比較するとき、単純に「総額÷年数」をしてはいけません。ここで使うのが、私が拙著「増補改訂版 道具としてのファイナンス」63ページから解説している「年金等価額(EAA)」という考え方です。
難しい言葉に聞こえますが、要するに「単年度当たりのPV」のことです。ファイナンスでは、プロジェクトの期間が異なるとき、生み出される現在価値(PV)を、あたかも毎年、同額の年金を受け取るかのように変換して比較します。これを計算式で表すと、以下の関係が成り立ちます。
PV = 年金等価額 × 年金現価係数
つまり、先に算出した「現在価値(PV)」を、「年金現価係数(期間と金利に応じた係数)」で割り戻してあげるのです。Excelを使えば、次の式で一発です。
年金等価額 = PV ÷ PV関数(割引率, 期間, -1)
※ExcelのPV関数を使って、「期間N年間、1というキャッシュフローを得られるプロジェクトの現在価値」を出し、それでPVを割るというロジックです。
これにより、10年契約と14年契約という「期間の壁」を取り払い、純粋な「1年あたりの年金額」として比較できるようになります。
(3)数字で見る「本当の勝者」
では、実際に計算してみましょう。
① まず「見かけの年俸(総額÷年数)」で比べると…
大谷:7,000万ドル(105億円)
ゲレーロJr.:3,571万ドル(約53.6億円)
→ 差は約2倍となる3,429万ドル(約51.4億円)差です。
② これを「単年度当たりのPV(年金等価額)」で正しく直すと…
大谷(10年、割引率4.43%)
PV 3.66億ドル(約549億円) ÷ PV関数(4.43%, 10, -1)
= 約4,608万ドル(約69.1億円)
ゲレーロJr.(14年、割引率4.43%)
PV 3.67億ドル(約550億円) ÷ PV関数(4.43%, 14, -1)
= 約3,571万ドル(約53.6億円)(均等払いのため見かけと一致)
単年度当たりのPV(年金等価額)を計算すると、その差は 約1,037万ドル(約15.6億円) に縮まります。見かけ上の「3,429万ドル(51.4億円)差」よりは縮まりましたが、それでも大谷選手の契約が圧倒的であることに変わりはありません。
しかし、大事なのはそのプロセスです。「総額」という大雑把な数字ではなく、「期間と金利を考慮した実質的な年俸」で見ると、その差の正体がより正確に見えてきます。まとめると、比較において大事なのはフェアであることです。
そこで、タイミングが違うなら現在価値(PV)、さらに期間が違うなら単年度当たりのPV(年金等価額)を使うということです。



