MSワラントは悪魔の資金調達なのか

新株予約権(ワラント)を活用した資金調達に踏み切る企業が増えています。新株予約権とは、簡単にいえば「あらかじめ決められた期間に、あらかじめ決められた価格(行使価額)で株を買える権利」のことをいいます。新株予約権を資金調達の手法として活用する企業が増えている最大の理由はコロナ禍です。資金繰りや債務超過の危機に陥った企業は、1株利益の希薄化が伴う公募増資は現実的に難しいわけです。そうなると残る手段は、第三者割当増資となります。

ではなぜ、普通の第三者割当増資ではなくて、新株予約権なのでしょうか。まずは新株予約権のイメージをつかんでいただきましょう(下図)。新株予約権発行時に企業が発行するのは、あくまでも権利行使価額(下図では1,000円)で株を買える権利です。このとき、企業に入ってくるのはあくまでも予約権購入代金(いわゆるオプション料)のみです。

出所:オントラック作成

株価が1,500円に上昇したとしましょう。投資家が権利を行使する場合、1億円(1,000円×1,000個×100株)を企業に支払い、企業は新株を10万株発行します。投資家は、その10万株を即座に1,500円で売却すれば、5,000万円儲けることができます。企業はめでたく1億円の増資に成功しました。ここで重要なことは、投資家が権利行使をしない限り新株は発行されず、発行の対価としてお金は入らない、つまり増資できないことです。企業の株価が行使価額よりも高くならないと投資家は行使する意味がないので、増資できるかは自社の株価次第ということになります。

なぜ、普通の第三者割当増資ではなく、新株予約権なのでしょうか。これは投資家側の都合でもあります。ご想像の通り、経営危機に陥った企業に出資するのはリスクが高いのです。新株予約権であれば、最初にわずかの予約権購入代金(オプション料)を支払い、あとは今後の株価の動向を見極めながら、権利を行使して株に換えるかを考えればいいことになります。一気に多額の出資をして、それがすべて紙切れになるということを防ぐことができるのです。

今まで見てきたように、新株予約権は、株価が行使価額を下回っていると権利行使は進みません。先ほどの例でいえば、株価が1,500円ではなく、800円になったとしましょう。市場から800円で買える株式をわざわざ権利を行使して1,000円で買う必要はありません。この場合、投資家は権利を行使しません。この欠点を補うべく、市場での株価変動にしたがって行使価額を調整するのが「MSワラント」と呼ばれるものです。正式には「行使価額修正条項付新株予約権(Moving Strike Warrant)」といいます。行使価額は前日終値の9割程度に修正するのが一般的です。


出所:株式会社ペッパーフードサービス株式会社2020年1月15日付「第三者割当による第10回新株予約権(行使価額修正条項付)の発行に係る払込完了に関するお知らせ 」

例えば、「いきなり!ステーキ」を手掛けるペッパーフードサービスは、2020年1月にSMBC日興証券(以下SMBC)にMSワラントを割り当てました(上図)。調達を試みた金額は69億円です。このワラントを手に入れるのにSMBCが支払った予約権購入代金(オプション料)は約19.4百万円であることがわかります。SMBCが予約権を株式に転換する価格は、常に転換前日の株価の92%に修正されるという条件でした。さらに行使価格の下限が666円と定められていました。新株予約権を割り当てた1月15日の終値は1,066円でした。ペッパーフードは株価が下限価格666円を割り込む事態は想定していなかったはずです。

ところが、その後にコロナ禍が一気に拡大し、ペッパーフードの株価も3月には400円台まで急落しました。SMBCの予約権行使も3月には止まり、ペッパーフードは結局、当初想定の4分の1の17億円しか資金を調達することができなかったのです。MSワラントは、権利行使のタイミングがバラバラになるので、公募増資のように急激な1株利益の希薄化は起こらないものの、発行時に調達額が確定されず、ペッパーフードのように予定通りの資金調達ができないリスクがあります。

MSワラントと聞いて、ライブドアで一躍有名になった修正条項付き転換社債型新株予約権付社債(MSCB:Moving Strike Convertible Bond)を思い出す人がいるかも知れません。2005年にニッポン放送買収のためにライブドアが発行した800億円のMSCBは、リーマン・ブラザーズ証券が引き受けました。転換価格は株価の90%でした。リーマンは貸株を使った空売りで確実に利益を上げる一方、一般株主は希薄化の不利益を被りました。リーマン社は2カ月程度で全額を株式に転換し、ライブドア株の株式数はMSCB発行前から1.4倍に膨らみました。さらに、株価は条件決定日の2月8日から株式転換を終えた4月15日までに約27%下げました。

このMSCBとMSワラントは似ているようですが、異なる点があります。MSCBの場合は調達金額が決まっていて、かつ転換価額が変動することから、株数は決まっていません。株価が安くなるほど転換後の株数が増える仕組みです。引受サイドとしては、空売りと転換をセットで行うことで利ザヤを稼げることから売り圧力がかかり、株価は低迷することになります。MSワラントと異なるのは、株価がどうなろうと発行会社には決められた金額が入ってくることです。反対に引受サイドは決められた金額を支払う必要があります。したがって、その金額に対してどれだけ稼げるかが勝負と言わんばかりに空売りを行い利ザヤを稼ぐことになります。こうして株主などお構いなしに株価は下がる一方となります。MSCBが「悪魔の資金調達」と言われたのもわかります。

出所:オントラック作成

これに対して、MSワラントはあらかじめ発行株式数が決まっており、希薄化の上限は確定しています。ただし、株価が下がると調達額が減ることになります。株数が決まっており、引受サイドも株価が下がると儲けが少なくなることから必ずしも空売りとセットが前提というわけではありません。この点からもMSCBと異なり、一定の歯止めは効くと言えそうです。ただ、引受先が短期的な儲けを優先する場合や行使制限措置がない場合は、空売りすることがあるのはMSCBと変わりません。MSワラントは仕組みが複雑であること、行使期間が長期にわたることが多いことから、投資家に嫌気されることが多く、日経新聞によれば、昨年9月から今年3月16日までに発行を発表した54社のうち6割の34社で株価が下落しています。MSワラント発行に際しては、なぜMSワラントでなければならないかなど、投資家に対して十分な説明責任が求められるでしょう。安易な発行が増えれば、投資家の信頼を損ないかねないのは確かです。

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