コーポレートベンチャーキャピタル(CVC: Corporate Venture Capital)という言葉を聞いたことがある方もいるでしょう。これは、事業会社が自社内にベンチャー企業に投資するために設立したファンドのことを指します。CVC隆盛と言われる時代のせいか、最近、事業会社の方からベンチャー企業の評価手法に関する質問を受けることが多くなってきました。
ベンチャー企業の価値評価は特殊と言えます。なぜなら、創業間もないアーリーステージでは、事業のアイデアと経営者の情熱だけで、売上高もほとんどない状況が普通です。フリーキャッシュフローもマイナスですから、DCF法などの企業価値方法では絵にかいた餅になります。事業ステージによって事業リスクが変化する状況です。そもそも、その変化する事業リスクを反映する割引率の設定をどうするかという問題もあります。
今回は、ベンチャーキャピタル(以下VC)が投資先の価値評価をする場合によく使うベンチャーキャピタル法(以下VC法)をご紹介しましょう。VC法の算定プロセスは次の通りです。
1. 投資先企業の事業計画(PLのみ)を策定し、EXIT時点における当期純利益を予想。EXIT時点における株主価値を次の関係式に基づいてPER倍率に基づいて算定する
EXIT時点における投資先企業の株主価値=EXIT時点の予想当期純利益×同業他社の平均PER
2. この株主価値をVCの目標とするハードルレートで割り引いて現在価値を算定する
3. VCによる投資額を2で求めた投資先企業の現在価値で割り算し、VCが要求すべき株式保有持分比率を算定する
具体的に考えてみましょう。あなたはX社のCVCの投資責任者です。現在、ある有望なベンチャー企業への出資を検討しています。投資先の事業計画を精査したところ、5年後には当期純利益を5,000百万円まで伸ばし、さらに成長する可能性は高いと考えました。事業計画では上場までの5年間は追加の資金調達は必要ありません。投資先の経営者からは、最低でも3,000百万円の出資を求められています。あなたは投資先の理論株価算定をVC法で行うことにしました。
出所:オントラック作成
1. EXIT時点(5年後)の株主価値を算定する
事業計画によれば、5年後の当期純利益は5,000百万円です。これに同業上場企業の平均PER20倍をかけることでEXIT時点の株主価値は100,000百万円と算定しました(セルH14)。
2. EXIT時点の株主価値を現在価値に割り引く
このときの割引率はあなたの会社X社のハードルレート50%を使います。こうして、ポストマネーバリュエーションが13,169百万円(セルC15)と算定できます。ポストマネーバリュエーションとは、X社が3,000百万円出資した後の投資先の価値を指します。
3.あなたの会社X社の持株比率の算定する
X社の3,000百万円出資直後の投資先の価値は13,169百万円です。したがって、X社の持分比率は、22.8%(3,000百万円/13,169百万円)と求めることができます。
それでは、あなたが22.8%の持株比率を確保するためには、投資先に新株をどれだけ発行させる必要があるでしょうか。ここはちょっとした算数になります。あなたの持分比率は次の式で表せます。
X社の持株比率=新規発行株式数÷(既存株式数+新規発行株式数)
したがって、投資先が発行している株式数が1,000千株とすれば、次の式で新規発行株式数は求めることができます。
新規発行株式数=X社の持株比率×既存株式数÷(1-X社の持株比率)
=22.8%×1,000千株÷(1-22.8%)=295千株(セルC17)
つまり、あなたの会社が引き受ける株式数は295千株になります。これが出資額3,000百万円に相当することから、理論株価は10.2千円(=3,000百万円/295千株)と算定できます。
プレマネーバリュエーションは、1,0169百万円(=10.2千円×1,000千株)。そして、あなたの会社の出資後のポストマネーバリュエーションは、1,3169百万円(=10.2千円×1,295千株)と確認できます。
上記のケースは、株主価値の評価日以前に資金調達を1回しか行わないという前提を置きました。現実は複数回の資金調達ラウンドがあるのが普通であり、もうちょっと複雑になりますが今回のケースのように基本的な考え方を押えておけばいいかと思います。
将来生み出されるキャッシュフローから株主価値を求めるDCF法等と比べると、VC法は非常にざっくりした手法ですが、VCのように投資利回りを気にする投資家にとっては手軽な手法です。まだ売上もたたず、通常のバリュエーションをするのが困難な場合には、ざっくりと今後の成長イメージを関係者間で共有するにも良いように思います。