本業であるアパレル事業の再建途上にあるはずの、株式会社マックハウス。その同社が2025年6月12日、突如として金融・投資事業への参入と、ハイリスク資産の代表格である「ビットコインへの投資」を発表し、市場関係者を驚かせました。
7期連続の赤字から復活を目指す企業が、なぜこのタイミングで、本業とは全く異なる不確実な投資に踏み切ったのでしょうか。その背景には、同社の経営再建の生命線であるはずの資金調達スキームそのものが、機能不全に陥りかけていたという、極めて切迫した事情がありました。
マックハウスの生命線「MSワラント」とは
マックハウスの再建計画は、2025年1月に発表された約20.5億円の資金調達が前提となっています。この資金調達の大部分を担うのが、投資ファンド「EVO FUND」に割り当てられたMSワラント(第9回新株予約権)です。これは、EVO FUNDが権利を行使するたびに、マックハウスに資金が払い込まれるという、まさに再建の生命線とも言える仕組みです。
ここで一度、このスキームの担い手であるEVOファンドが、どのように利益を出し、そしてどのようなリスクを負っているのかを理解しておくことが、今回の決断の裏側を読み解く鍵となります。
EVOファンドの基本的な利益の仕組み
まず、EVOファンドがどのように利益を出すかをおさらいします。
1.割安で行使: 前日の株価終値の95%という、市場価格より割安な価格で新株を取得する権利を行使します。
2.市場で売却: 取得した株式を、市場でその時の株価で売却します。
3.差益の獲得: 「市場での売却価格」と「割安な行使価額」の差額が、彼らの利益となります
この仕組み上、株価が安定していれば、ほぼ確実に利益が出せるように見えます。しかし、以下のリスクが存在します。
EVOファンドが直面する3つのリスク
1.価格変動リスク:権利行使から、実際に株式を取得して市場で売却するまでのわずかな時間に、悪材料が出て株価が急落すれば、損失が発生する可能性があります。
2.流動性リスク:市場の取引量が少ない場合、大量の株式を一度に売却しようとすると、それ自身の「売り圧力」で株価が大きく下落してしまいます。実際に2025年5月14日、EVOファンドは一日で600,000株の権利を行使しました。これは、マックハウスの通常の1日の平均的な出来高(約96,600株)を遥かに上回る量です。
3.下限行使価額リスク:このMSワラントには、111円という下限行使価額が設定されています。もし、マックハウスの株価がこの111円を下回ってしまった場合、権利行使は実質的に停止します。この場合、EVOファンドは将来の利益機会を失うだけでなく、最初にこの新株予約権を取得するために支払った初期費用560万円が、回収不能の損失として確定します。
忍び寄る「111円の壁」という危機
そして「下限行使価額リスク」こそが、マックハウスが直面していたものでした。生命線である「111円の壁」が、まさに目の前に迫っていたのです。マックハウスが2025年6月13日に開示した「大量行使に関するお知らせ」を見ると、その危機的な状況がはっきりと見て取れます。6月に入ってからの行使価額は、117.8円や111.1円といった数字が並び、6月4日と6日、そして13日には、ついに111.0円での行使が行われました。
MSワラントの行使価額は、先述した通り、前日の株価終値の95%に設定されます。行使価額が111円になるということは、前日の株価が116〜117円前後まで下落していたことを示します。このまま株価の下落に歯止めがかからなければ、資金調達が停止する「Xデー」は目前でした。
「劇薬」としてのビットコイン投資
この危機的状況の真っ只中である6月12日、マックハウスは「新たな事業(金融・投資事業)の開始」と「資金使途の変更(ビットコイン購入資金500百万円)」を発表します。
このタイミングは、偶然とは考えられません。この危機的状況を乗り切るため、経営陣、そして実質的な意思決定者である親会社のGファンドは、株価を刺激するための強力な材料が必要だと判断したはずです。そこで投じられた「劇薬」こそが、今回のビットコイン投資だったのです。
数ある材料の中でビットコインが選ばれたのは、その話題性と投機的な資金を呼び込む力に期待したからでしょう。本業のアパレル事業でポジティブサプライズを生むのが難しい中、最も手っ取り早く、かつ強力に市場の注目を集める選択肢が、この暗号資産投資だったと考えられます。
もちろん、会社は公式には「中長期的な企業価値向上」や「新たな収益機会の創出」を目的として掲げています。しかし、その発表のタイミングと株価の動向を重ね合わせれば、その裏にある「資金調達スキームの破綻を回避する」という、より緊急で切実な目的が透けて見えます。
今回の異例の決断は、長期的な事業戦略というよりは、まず目の前の危機を乗り越え、再建の前提となる資金を確保するための、起死回生を狙った一手であったと分析するのが最も合理的と言えるでしょう。この「劇薬」が今後どのような効果をもたらすのか、マックハウスの経営は、まさに正念場を迎えています。