今回も「目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】」の内容を取り上げます。前回のテーマは「デフレ」でした。デフレとは「需要<供給」の状態にあることです。したがって、デフレ脱却のためには、需要(消費+投資)を拡大すればいいことになります。そうすれば、デフレから脱却し、経済は成長します。
ところが簡単に消費と投資を増やすことができないのです。デフレで不景気の時に、個人や企業が消費や投資を控え、貯蓄に励むのは当たり前です。しかし、個人や企業が消費や投資を減らしたら、需要が縮小し、ますます景気は悪化します。このように個々の行動が正しくても、それが積み重なった結果、経済全体として好ましくない事態が起こりえます。
この現象を経済学用語で「合成の誤謬(ごびゅう)」といいます。したがって、企業や個人といったミクロのレベルの行動では、「合成の誤謬」は解決できません。「合成の誤謬」はマクロの経済全体の運営をつかさどる「政府」が直すしかありません。
企業や個人は、「経済合理的」で、自分の得になるように行動するはずである。だから、経済は市場に任せておけばすべてがうまくいく。こうしたイデオロギー(社会のあり方に対する考え)を「市場原理主義」とか「新自由主義」といいます。「合成の誤謬」を考えると企業や個人が経済合理的だからこそ、政府が企業や個人の行動に介入する必要があることがわかります。つまり、「市場原理主義」とか「新自由主義」は間違っていることになります。
ここで私は反省しました。今まで、日本企業が手元現金をため込み、賃上げもせず、積極的な設備投資や研究開発投資などもしないことを経営者の怠慢のように批判してきました。もしかしたら、こうした経営批判は的外れであったかもしれません。企業が手元現金をため込むのも、賃上げしないのも、未来投資をしないのも、デフレという経済環境では当たり前のこと。むしろ、経済合理性にかなった経済活動だったわけです。
さて、デフレが企業や個人レベルでは解決できないとすると政府は何をすべきでしょうか。デフレを阻止するといっても、インフレも行き過ぎるとよくありません。政府はデフレにならないように、かといってインフレになり過ぎないよう、うまくかじ取りする必要があります。まずは、インフレ対策から見ていきましょう。
1.インフレ対策
インフレとは「需要>供給」の状態です。ですから、インフレを止めるには、需要(投資+消費)を減らし、供給を増やす必要があります。まずは、政府自体の需要を減らすことができます。公務員など公共部門で働く人数を減らすといった「小さな政府」を目指すということです。また、政府は民間の投資や消費を減らすこともできます。消費税増税のように、民間の消費に対して課税すればいいでしょう。こうして、政府が支出を削減し、増税すれば、財政は健全化します。財政健全化とは、需要を抑制する政策なのです。
また、中央銀行(日本銀行)が金利を引き上げれば、企業は銀行から融資を受けにくくなり、投資も控えることになるでしょう。消費者もローンを組みにくくなり、消費も減るでしょう。金融引き締め政策は、需要を抑制することです。
供給サイドはどうでしょう。供給力を増やすこともインフレ対策になります。企業の生産性を高め、競争力を強化するのです。規制緩和、自由化を促進し、より多くの企業が自由に参加できるようにすることが有効です。国の事業は民営化し、市場での競争にさらすことで、より効率化し、生産性が向上すれば、供給力の増加が見込めます。この規制緩和や自由化を国内だけでなく、グローバルに行えば、供給力をさらに強化することになります。つまり、ヒト、モノ、カネの国際的な移動を自由にするというグローバル化は、供給力を強化するインフレ対策なのです。
2. デフレ対策
インフレとデフレは正反対の現象ですから、その対策も正反対になります。デフレは「需要<供給」の状態です。需要を拡大し、供給を抑制するにはどうすればいいでしょうか。
まず、政府はみずから需要を増やす必要があります。例えば、社会保障費や公共投資の拡大など財政支出を増やします。また、公務員など公共部門で働く人数を増やす。つまり、「大きな政府」を目指すことになります。
また、政府が民間の消費や投資を促進する必要があります。例えば、消費税は減税し、企業に対しては投資減税を行うといったことです。政府が財政支出を拡大し、税収を減らすということは、財政赤字が拡大するということです。財政健全化がインフレ対策なのであれば、財政赤字拡大は需要を拡大するデフレ対策ということになります。また、中央銀行は金融緩和を行い、個人や企業が融資を受けやすくすることも大切です。
デフレ対策は供給を抑制することも大切です。デフレ時は企業が生産性を向上させると供給過剰がさらにひどくなります。企業間の競争を抑制すべきでしょう。したがって、規制緩和や自由化はしない方がいいことになります。どんな企業でも国営化すべきということではありませんが、なくなると国民が困るような公共的な産業や、倒産すると大量の失業者が出てしまったり、連鎖倒産が起こるような大規模かつ重要な産業であれば、一時的に国営化する必要もあるでしょう。
デフレの時は競争を抑制すべきですから、ヒト、モノ、カネの国際的な移動を自由にするグローバル化は制限した方がいいことになります。国境の壁で国内市場を保護する「保護主義」は、供給過剰を抑制するデフレ対策です。デフレの時や失業者が大量に出ている時などには保護主義は正当化されます。以上をまとめると下図のようになります。
ここまで見てくると、日本がなぜデフレ不況から抜け出せないのかが理解できます。平成3年、まさに私が社会人をスタートした年にバブルがはじけ、不況に突入しました。平成8年に成立した橋本政権は「構造改革」を実行しました。「構造改革」とは、公共投資をはじめとする財政支出の削減、消費税増税、「小さな政府」を目指した行政改革、規制緩和、自由化、民営化、そしてグローバル化です。「構造改革」とは、まさにインフレ対策なのです。バブルの崩壊によって、デフレを警戒しなくてはならないタイミングにもかかわらず、平成日本は「構造改革」と称するインフレ対策を実行しました。それも20年以上続けたわけです。これではデフレにならない方がおかしいでしょう。
では、なぜ日本ではデフレ対策がとられなかったのでしょうか。次回に続きます。