あなたは、M&A(企業買収・売却)という言葉を聞いたとき、どんなイメージを抱きますか。
成長企業が高額で買収される華やかな成功談を思い浮かべる人もいれば、敵対的買収や乗っ取りのようなダークな側面を想像する人もいるかもしれません。私自身は経験はありませんが、M&Aの現場は、期待と興奮、不安と絶望、策略と裏切りが交錯する極めて人間臭い世界だといいます。本書『闇と闇と光』は、そんなM&Aのリアルを小説という形で描き出した、圧倒的にリアリティのある作品です。
本書の著者、恵島良太郎氏は、自身も複数の企業を経営し、M&Aを実際に経験してきた人物です。その経験を基に、フィクションの形でM&Aの内幕を描いています。
企業を売却するのは、多くの起業家にとって人生に一度あるかないかの大きなイベントです。しかし、そこで繰り広げられるのは、決して単純な「成功」ではありません。買収側と売却側の情報の非対称性、交渉の駆け引き、関係者の思惑、そして「ディールフィーバー(取引熱)」と呼ばれる心理状態が存在します。
本書の魅力は、そのすべてを赤裸々に、かつスリリングに描いている点にあります。本書の帯には「無知な者が餌食になる」とありますが、これは決して誇張ではないでしょう。
M&Aは、交渉における情報格差が極端に大きい世界であり、売り手がプロフェッショナルでない限り、圧倒的に不利な立場に置かれます。ファイナンシャルアドバイザーは「売却を成功させる」ことにインセンティブがあり、必ずしも売り手の最善の利益を守るわけではありません。買い手は巧妙に条件をコントロールし、契約の細部に罠を仕掛けることもあります。
また、交渉が長引くにつれて「このディールを絶対に成功させなければならない」という心理状態に陥り、冷静な判断ができなくなります。これは「ディールフィーバー」と呼ばれ、多くの経営者が陥る罠だといいます。本書では、こうした心理的なトラップに主人公が次々と絡め取られていく様子がリアルに描かれています。
本書を読むと、M&Aは極めてリスクが高いことがわかります。それでも著者は、M&Aが有力な成長戦略であることを強調しています。実際、著者自身は複数の会社を売却し、M&Aアドバイザーとしても活躍しています。彼のメッセージは明確です。
「M&Aをするなら、最初から戦略を立てるべき」
M&Aは「IPOを目指してダメだったらM&Aすればいい」という甘い考えで取り組むものではありません。IPOとM&Aでは、登るべき山の種類が異なるというのです。最初から「M&Aでの売却」をゴールに設定し、そのための経営をすることで、スムーズな売却と高い企業価値の実現が可能になると著者は主張します。
本書は、単なるM&Aのハウツー本ではありません。むしろ、ビジネスの世界で生きる人々の「人間ドラマ」に焦点を当てています。これらは、M&Aを経験したことがない人にとっても、十分に共感できる内容です。そして、これから起業する人にとっては、事業の出口戦略を考える上での必読書となるでしょう。M&Aを考えたことがない人でも、この本を読めば「もし自分が会社を売ることになったら?」というシミュレーションをする機会になるはずです。
私は『闇と闇と光』を読んで、次の3つのことを再認識しました。
1. 失敗の原因はスタートにある
2. 信頼できる優秀な専門家に出会うことが大事
3. そして、最後まであきらめないこと
本書は、M&Aの光と影、そしてその狭間で揺れ動く人間のリアルを描いた作品です。M&Aの本質に迫るだけでなく、ビジネスパーソンとしての視野を広げてくれる一冊として、おすすめします。