トヨタ自動車は2020年3月2日、環境事業や社会貢献事業に資金使途を絞った債券「ESG債」を最大5000億円発行すると発表しました。実証都市「ウーブン・シティ」の建設や先進安全技術、電気自動車(EV)などの開発・製造に充当するとしています。トヨタがESG債を発行するのは初めてです。
このようにESG(環境・社会・企業統治)という言葉は連日のように新聞に掲載される言葉です。いまやこのESGなしでは経営も投資も語ることができないと言われています。いまさら聞けないESGを理解するのに格好の書籍が「ESGはやわかり」です。ESGとは何か、なぜこれほど企業や市場関係者たちの心をとられているのか。ESGの広がりによって企業経営と資本市場がどのように変化しつつあるのかがよく理解できます。
印象に残った言葉のいくつかをご紹介しましょう。国連がつくったSDGs(持続可能な開発目標)という17のゴールとの関係については、こう明言しています。
「SDGsは目標。ESGは目標達成のための手段」(同書20ページ)
とはいえ、ESGは慈善活動ではありません。企業経営の観点では言えば、ESGをどうとらえればいいのでしょうか。
ESG投資の主張は、環境・社会リスクを調整した後のリターンの長期的な向上にあります。リターンを犠牲にして企業に善行を求めているわけでは、まったくありません。(同書56ページ)
企業経営においてESGの要素を考慮すべき理由は、そうしなければ競争力が落ちるからです。つまり、ESGはビジネス上の戦略であって、慈善ではありません。(同書59ページ)
投資家が株式や債券の売買判断をする際、ESGの側面を吟味すべき理由は、長い目で見て投資のリターンが安定するからです。(同書59ページ)
それでは、実際のところ、ESGとリターンとの関係についてはどうなのでしょうか。本書はGPIFや日本銀行などの検証結果を示し、次のように結論づけています。
・ESG要素と企業業績・株価には正の相関関係がありそうだ。
・したがって年金基金などがESG投資を実践することにも一定の合理性はある
正の相関関係は短期から中期のデータにもとづいて説明されていますが、長期の検証は依然として不足しています。ESG投資の歴史は浅いので、致し方ない面があります。
また、正の相関関係は必ずしも因果関係を説明するものではありません。環境・社会問題に積極的に取り組んでいるが故に業績・株価が好調なのか。あるいは、業績・株価が好調であるが故に、環境・社会問題に取り組む余裕があるのか。前者と後者では因果がまったく逆です。
日本の投資文化にESGが根付くには、長期データにもとづいた、因果関係にまで踏み込んだ検証が必要になってきます。(同書66ページ)
私が初めて知った言葉が「ウォッシング」(washing)です。本書ではこんな説明がなされています。
文字通りには、「洗うこと」ですが、ESGの文脈では「表面をきれいに見せる」とか、転じて「偽装する」といったネガティブな意味に使われます。
「ESGウォッシング」といえば、表面的には環境や社会に良いことをしているようだが、実態は二酸化炭素を多く排出し、児童労働者や人身売買にも手を染めている、といった企業のことを指します。
そこで注目されるのが企業の経営を細かく調べ、空売りという手段で不審点を鋭く突くヘッジファンドの力です。2020年7月にヘッジファンドの世界的な業界団体、AIMA(代替投資協会)がこんな声明を出しました。
「空売りは責任投資の中核的なツールである。投資家はESGリスクを回避し、良いインパクトを生み出せる。ヘッジファンドは不正発見の能力を環境や社会問題にも広げることにより、世界中の市場をより透明で安全なものにすることができる」(同書87ページ)
株券を借りてきて売却するショート(空売り)と呼ばれる投資戦略にもESGが影響を与えているというのです。確かに空売りによって市場全体の価格発見機能が向上するとすれば、資本市場の健全化につながるわけです。
そして、市場と企業との接点という意味で、IR(Investor Relations)の重要性が増しています。ESG関連でIRツールとして注目されているのが統合報告書です。本書は、先進的な取り組みを行っている企業として、日立製作所、エーザイ、ソニー、丸井グループを取り上げています。
2020年1月にマイクロソフトは「2030年までにカーボンネガティブになる」と宣言。これに対して、2019年にすでに「2040年までに自社の事業を通じて排出される二酸化炭素を実質にゼロにする」と発表していたのがAmazonです。そのAmazonはマイクロソフトに負けじと気候変動問題の解決に特化した20億ドルの基金を設立しました。そして、2020年7月にはアップルが「2030年までにサプライチェーン全体の炭素ガス排出をネットでゼロにする」と宣言しました。本書はこうした米IT業界の脱炭素の速さと深さを競う様子を自分たちの事業の存在意義を社会に説いているように見えるとしています。
環境や社会問題は決して他人事ではありません。生態系の一部である私たち一人一人が当事者意識をもって自分ができることからやることが大切なのだと思います。この本は多くのビジネスパーソンに読んでいただきたいです。