三菱重工が気にするべきコストとは

三菱重工業が国産初のジェット旅客機の事業化を凍結すると報じられました。小型ジェット旅客機「スペースジェット」は、すでに1兆円規模の開発コストをかけてきた事業です。このブログでも何度か取り上げています。三菱重工は、報道のあった翌日には「当社および三菱航空機の発表ではない」とコメント。引き続き開発スケジュールの精査を行うとともに、様々な可能性を検討しているとしています。

日経新聞には、元幹部の発言が紹介されています。「事業を断念して信頼を裏切ることはできない。財産として残さないといけない」心情的には理解できますが、2008年に開発に着手したものの、度重なる設計変更などで納期を6度延期してきた経緯があります。残念ながら、関係者の三菱重工への信頼はすでに失っているのではないでしょうか。

膨大な金額の開発コストを過去に投資している事業の場合、「これまでこんなにお金を掛けたのだから、今更撤退できない」と判断しがちです。しかし、過去の投資はサンクコスト(埋没コスト)です。今回のコロナ禍によって国内外の航空各社は急速に業績が悪化しています。こうした経営環境の悪化でさえも、三菱重工はサンクコストの呪縛から逃れられないのでしょうか。

今回はこのサンクコストを行動経済学のプロスペクト理論の観点から考えてみましょう。プロスペクト理論は私たちがリスクのある状況下で損得をどのように感じ、意思決定するかを理論化したものです。下図は、価値関数と言われるものです。横軸は利益と損失を表し、縦軸は私たちが感じる「価値」です。上に行くと、プラスの価値(喜び)を感じ、下に行くとマイナスの価値(悲しみ)を感じるということです。

出典:オントラック作成

今の私たちは「参照点(リファレンス・ポイント)」と呼ばれる状態にいると思ってください。言いかえれば、損でも得でもない状態です。プロスペクト理論の価値関数の注目すべき点は、関数の曲線が利益と損失では非対称になっていることです。このことは、私たちが同程度の利益よりも損失を大きく評価する(感じる)ことを意味します。例えば、私たちが10万円をもらったときの喜びよりも、10万円を失ったときの悲しみの方が大きいことになるのです。

この価値曲線とサンクコストがどのような関係があるのでしょう。例えば、向こう2週間かけて経営努力すれば、一律1500万円の収益改善が見込める3つのプロジェクトがあるとします。あなたは、どのプロジェクトに優先順位をおくでしょうか?どのプロジェクトも同様の経営努力で1500万円の収益改善が見込めるのであれば、経済合理性の観点からはどれを選択しても同じことになります。


出典:オントラック作成

ところが、プロジェクトの当事者の感じる価値(満足度)の観点から言ったらどうでしょうか。損失を出しているプロジェクトAを選ぶ可能性があります。なぜなら、1500万円の収益改善による満足度が一番大きいからです。つまり、優先順位は、主観的な追加的価値に基づいて行なわれる可能性があるのです。このようにプロスペクト理論からも私たちがサンクコストに囚われやすいということが説明できるのです。

今回のスペースジェットの事業化の凍結の報道に三菱重工の株価は前日比146円高の2,370円となりました。少なくとも株式市場はプラスに受け取ったわけです。三菱重工のエース級の技術者が投入されていると言われる「スペースジェット」です。今後も、規模を縮小しながらも継続するとなれば、これから発生する開発コストに加えて多大な機会費用も発生することを経営陣には認識していただきたいと思います。

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