「貴社のPBRは1倍を超えていますか?」 もし答えが『ノー』であれば、本書は必読です。この問いにドキリとされた経営者の方もいらっしゃるかもしれません。東京証券取引所からの要請もあり、多くの日本企業が「資本コスト」と「株価」を意識した経営への転換を迫られています。しかし、「具体的に何をどうすれば良いのか?」と悩む声も少なくありません。
そんな課題意識を持つ経営者、そして企業の成長に関わる全てのビジネスパーソンに、ぜひ手に取っていただきたい一冊が、野口真人氏の著書『資本コスト経営のすすめ なぜあなたの会社はPBR<1倍なのか』(日経BP 日本経済新聞出版)です。本書は現代の日本企業が抱える課題の本質を鋭く突き、具体的な解決策を提示する良書だと思います。
PBR1倍割れの背景には、多くの日本企業が長らく「良いものを作れば売れる」「売上や利益の規模を追えばよい」といった、まさにPL(損益計算書)重視の経営を行ってきた実態があるのではないでしょうか。しかし、グローバルな投資家が日本市場を見る目はよりシビアになり、「投下した資本に対して、どれだけの価値を生み出しているのか?」という点が厳しく問われるようになりました。
本書は、資本コストや企業価値を上げるための具体的アクションといった基礎的な内容から、東京証券取引所の要請の背景、具体的な開示事例(好事例・ダメ事例)まで、専門的な内容を非常に分かりやすく解説しています。著者の野口真人氏は、企業価値評価の第一人者であり、その豊富な経験と知見が随所に盛り込まれているため、理論だけでなく実践的な学びが得られます。
以下の点は、上場企業の経営者や役員、担当部署の方々にぜひ深く理解していただきたいポイントです。
1.「PBR1倍割れ=解散価値以下」という厳しい現実の直視
PBRが1倍を下回るということは、極論すれば「会社を今すぐ解散して資産を株主に分配した方が、事業を継続するよりも価値が高い」と市場から評価されている状態です。この厳しい現実を経営陣が認識することが、変革の第一歩となります。多くの経営者が目を背けがちな、しかし、企業再生の出発点となる認識です。
2.資本コストは、投資家からの「最低要求リターン」
株主はリスクを取って企業に投資しています。そのリスクに見合うリターンを企業が生み出せなければ、株主の期待を裏切っていることになります。自社の資本コストを把握し、それを上回る収益性を目指すことは、経営者の責務と言えるでしょう。
3.ROIC経営による「稼ぐ力」の徹底強化
単に売上や利益の規模を追うのではなく、投下した資本に対してどれだけ効率的に利益を生み出しているかを示すROICを重視し、事業ポートフォリオの最適化や不採算事業からの撤退といった大胆な意思決定も必要になります。
4.「対話」を通じた企業価値創造ストーリーの発信
優れた戦略も、投資家に理解されなければ株価には反映されにくいものです。自社がどのように資本コストを意識し、持続的な価値創造を目指していくのか。そのストーリーを、IR活動を通じて積極的に発信し、投資家との建設的な対話を行うことの重要性が増しています。
その他にも、ファイナンス理論の代表格であるCAPM(資本資産価格モデル)についても、決して万能ではないという野口氏の実務家ならではの鋭い指摘は、注目に値します。その理由として、CAPMには唯一絶対の解が存在しないこと、株価の感応度を示すベータは常に変動し一定ではないこと、リスクが高いにもかかわらず資本コストが低く算出されるケースがあり得ること、企業の財務レバレッジが資本コストを歪めることがあること、そして何よりも実際の株式市場は理論上の完全市場とは程遠いことなどが具体的に挙げられています。こうした理論と実務のギャップを埋める視点は、まさに長年企業価値評価の最前線に立つ野口氏の真骨頂と言えるでしょう。
『資本コスト経営のすすめ』は、問題提起に留まらず、企業が具体的にどのようなアクションを取るべきかについても多くの示唆を与えてくれます。弊社が提供するファイナンス研修では、まさにこうした「資本コスト経営」や「企業価値評価」の考え方を、実践的な演習を通して学んでいただいています。本書で理論を学び、さらに実務で活かすためのスキルを磨きたいという方には、ぜひ研修へのご参加もご検討いただければ幸いです。