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投資家が突きつける「4つのダメ出し」

先日、生命保険協会が「生命保険会社の資産運用を通じた「株式市場の活性化」と「持続可能な社会の実現」に向けた取組について」を発表しました。この年次報告書には、上場企業453社、機関投資家の92社が参加しています。これは、上場企業の関係者が真摯に受け止めるべき「市場からのリアルな声」と言えると思います。

今回のブログでは、このレポートから、多くの日本企業が抱える「4つの深刻な認識ギャップ」を解説します。これは、経営者だけでなく、次世代リーダーとなるビジネスパーソンにとって、自社の立ち位置を客観的に見つめ直す絶好の機会になるはずです。

資本効率に対する根本的な認識のズレ(ROEと資本コスト)
まず、最も根深く、そして深刻なのが「価値創造」という言葉に対する根本的な認識のズレです。レポートによると、企業の60%が「自社のROEは資本コストを上回っている」と自己評価しているのに対し 、投資家の52%は「日本企業のROE水準は資本コストを下回っている」と見ています 。これは致命的な認識のズレです。

多くの企業は、損益計算書(PL)が黒字であれば良しと考えているのでしょう。しかし投資家は、投下した資本に対して、そのコストを上回るリターンが生まれているかを厳しく見ています。「投資家が要求するリターン」が、まさに「資本コスト」です。このコストを上回るROEを生んで初めて「価値を創造した」と言えるのです。

損益計算書(PL)が黒字でも、資本コストを下回っていれば、それは株主から預かったお金を実質的に目減りさせていることに他なりません。東証が「資本コストや株価を意識した経営」を強く要請している背景も、まさにここにあります。

成長投資の方向性にある「戦略の差」
次に、稼いだお金の使い道、つまり中長期的な投資戦略にも大きなギャップが見られます。企業側が中長期的な投資先として最も重視しているのは、依然として「設備投資」です。工場を建てたり、新しい機械を導入したり、といったイメージでしょうか。

一方で投資家が重視しているのは、「人材投資」「研究開発投資」「IT投資」といった、いわゆる目に見えない「無形資産」への投資です。これは、旧来のモノづくりを中心とした有形資産中心の経営から、未来の価値を生む無形資産中心の経営へ転換できていない日本企業への、投資家からの強力なメッセージです。

例えばソニーグループは、ゲームや音楽、映画といった知的財産(IP)やテクノロジーへの投資を強化することで、高い収益性を確保しています。未来の企業価値は、優秀な人材や独自の技術、強力なブランドといった「目に見えない資産」から生まれるのです。

ESG取組と経営戦略の「連動性への疑問」
ESGへの取り組みは多くの企業で進んでいますが、投資家はその「本気度」を疑っています。企業の83%が「ESGへの取り組みを中期経営計画に組み込んでいる」と回答しています 。しかし、投資家の32%は、それらのESGへの取り組みが「企業価値向上に向けた経営戦略と十分に連動していない」と感じています 。

これは、いわゆる「ESGウォッシュ」への懸念です。単にサステナビリティレポートを発行し、聞こえの良い目標を掲げるだけでは、もはや評価されません。投資家が知りたいのは、そのESGの取り組みが、どのように自社の競争優位性を高め、リスクを低減し、具体的な企業価値向上(すなわち将来のキャッシュフロー創出)に繋がるのかという一貫したストーリーです。戦略と連動していないESGは、コストでしかありません。

経営層との「対話の断絶」
最後に、企業と投資家の「対話」そのものにも、深刻な認識ギャップが存在します。企業の91%が「対話内容を経営層で共有する仕組みがある」と回答している一方で 、投資家の4割超が「経営トップをはじめとする経営層が対話に関与できていない」と感じています 。

これは、IR担当者が投資家と面談しても、その声が経営の意思決定に全く反映されていない、と投資家が感じている証拠です。対話がアリバイ作りのための形式的なイベントに終わってしまっているとみなされても仕方がない状況です。これでは、株主という最も重要なステークホルダーからの貴重なフィードバックを、ドブに捨てているようなものです。

いかがでしたでしょうか。このレポートが突きつけるメッセージは、「企業が見ている現実と、投資家が見ている現実は全く違う」という、ただ一点に尽きます。「資本コスト」「無形資産」「ESGと戦略との連動」「経営層との対話」。これらのキーワードに、一つでもドキッとした方がいらっしゃるかもしれません。

こうした投資家との対話の土台となるのが、まさにファイナンスの知識であり、企業価値を正しく評価するスキルです。次回の「ファイナンス基礎講座」や「財務モデリング基礎講座」は、2025年9月に開催予定です。ご参加をお待ちしております。

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