前回のブログでは、グローバルCAPMについて説明しました。グローバルCAPMは、つまるところ米国のローカルCAPMでした。新興国企業の株主資本コストを求める場合は、このグローバルCAPMを修正する形になります。
まずは新興国のマーケット・リスクプレミアム(エクイティ・リスクプレミアムとも言います)を推定する必要があります。ここでは、米国市場のエクイティ・リスクプレミアム(ERP)にカントリー・リスクプレミアム(CRP)を加算する方法をご紹介します。ちなみに、エクイティ・リスクプレミアムはグローバルCAPM(キャップエムと発音)の公式の次の部分です。
そして、新興国Xのエクイティ・リスクプレミアム(ERP)とカントリー・リスクプレミアム(CRP)の関係は次の通りです。
それでは、ステップを踏んで、新興国のカントリー・リスクプレミアムを求めてみましょう。
【ステップ1】
米国市場のエクイティ・リスクプレミアムを推定します。2021年11月1日現在で4.62%となっています。この数字はニューヨーク大学のダモダラン教授が毎月アップデートしてくれています。※Damodaran Onlineからこのファイルをダウンロード。
【ステップ2】
ある国のデフォルトスプレッドを推定する方法としては次の二つあります。
A)Moody’sの格付(ローカル通貨)に応じたスプレッドを用いる方法
B)CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)のスプレッドを用いる方法です。
ちなみに、CDSとは企業や国のデフォルトリスク(債務不履行になるリスク)を対象にした金融派生商品です。CDS市場のおかげで、債券保有者はその債券のデフォルトに対して保険をかけることができます。保有者は対象となる債券の想定元本か額面の何パーセント(スプレッド)かをCDSの売り手に支払います。もちろん、債券がデフォルトに陥った場合は、CDSの売り手はカバーされている金額を債券保有者に補償する必要があります。
それでは、デフォルトスプレッドの話に戻ります。例えば、ベトナムのMoody’sの格付Ba3に対応するデフォルトスプレッドは2.97%です。また、CDSのスプレッド(但し米国のスプレッド差引後)は1.45%になっています。この数字もダモダラン教授は年2回アップデートしてくれています。Damodaran Onlineのこのファイルをダウンロード。シート名は”ERPs by country”です。
【ステップ3】
ステップ2で求めたデフォルトスプレッドからカントリーリスクプレミアム(CRP)を算出する方法は次の2つがあります。
A)CRP=デフォルトスプレッドとする方法
B)CRP=デフォルトスプレッド×相対ボラティリティ
方法Bの相対ボラティリティについて説明しましょう。格付やCDSから求められたデフォルトスプレッドはカントリー・リスクプレミアムの代替となり得ます。ただ、新興国のエクイティ・リスクプレミアムはデフォルトリスクよりも高い可能性があります。そこで相対ボラティリティを掛けたものを当該国のカントリー・リスクプレミアムとする方法です。相対ボラティリティの定義は、当該国の株価指数のボラティリティを債券価格のボラティリティで割った値になります。通常は1より大きい数字になります。
ちなみにダモダラン教授は相対ボラティリティとして当該国の数値を使っていません。
債券については、
BAML Public Sector Emerging Markets Corporate Plus Index Yield
株価については、
S&P Emerging BMI Index
の過去5年の日次データから算出した標準偏差を用いています。2021年7月1日現在で1.02となっています。こちらのファイルのシート名”Relative Equity Volatility”で計算しています。これまでのステップで、ベトナムのカントリーリスクプレミアムは4つ算出されました。
ここでは、保守的に格付から求めたデフォルトスプレッド2.97%に相対ボラティリティ(1.02)を掛けた3.02%を採用するとします。スプレッド算出の時点の米国のエクイティ・リスクプレミアムは4.38%(2021年7月1日付)ですから、ベトナムのエクイティ・リスクプレミアムは7.40%(=4.38%+3.02%)と求められました。ちなみに、このときのリスクフリーレート(T.Bond rate)は0.93%です。
最後に「ベトナムの自動車部品を製造する企業」の株主資本コストを求めてみましょう。ベータについては、前回のブログで説明した通り、実務では先進国の同業他社のベータを参考にするか、業種ベータを使用します。またもや、ダモダラン教授は業種ベータを算出してくれています。Damodaran Onlineのこちらのページのデータ名は”Levered and Unlevered Betas by Industry”です。米国の自動車部品(Auto Parts)の業種ベータ(Average Levered Beta)は1.2です。
※厳密に言えば、業種別のアンレバードベータを当該企業の資本構成に基づいてリレバード化すべきですが、ここでは業種の平均レバードベータを採用しました。
したがって、当該企業の株主資本コストは次の通りとなります。
株主資本コスト=リスクフリーレート+業種ベータ×ベトナムのエクイティ・リスクプレミアム
=0.93%+1.2×7.40%=9.81%
注意しなくてはいけないのは、この株主資本コストは米ドル建てであることです。したがって、割り引く対象となるキャッシュフローも米ドル建てに変換する必要があります。