富士フィルムホールディングス(HD)による米ゼロックス買収が話題になっています。驚いたのは、事務機器の名門である米ゼロックスを富士フィルムHDが”ただ”で手に入れるということです。
買収スキームは次の通りです。まず、富士ゼロックス(富士フィルムHD75%、米ゼロックスが25%出資)が金融機関から6,710億円を借り入れし、富士フィルムHDが持つ75%分の自社株を取得します。これで富士ゼロックスに対する富士フィルムHDの出資比率は0%になり、富士ゼロックスは、米ゼロックスの100%子会社になります。
一方で、富士フィルムHDは富士ゼロックスから得た6,710億円で米ゼロックスの第三者割当増資の引き受けます。ただ、この金額では発行株の過半数以上を取得できないことから、米ゼロックスは借入をして25憶ドルの特別配当を実施し時価を下げます。これにより、富士フィルムHDは米ゼロックスに50.1%出資し、経営権を握ることになります。
米ゼロックスは富士ゼロックスに6,710億円を拠出し、その現金で富士ゼロックスは借入金6,710億円を返済するのです。最終的には、新富士ゼロックス(米ゼロックス)は富士フィルムHD50.1%、既存株主49.9%出資の会社となります。富士フィルムHDからの「キャッシュアウトはない」というのが同社の会長兼CEOの古森氏の発言です。
ここで富士フィルムHDの過去の業績を振り返ってみましょう。デジカメが急速に市場を席捲する中、写真フィルムという本業がなくなるかも知れないという危機を乗り越えた古森氏の名経営者ぶりは有名です。写真フィルムにこだわって経営破綻した米イーストマン・コダックとの対比で同社がビジネススクールのケースにも取り上げられているのをご存知の方もいるでしょう。
その古森氏が富士フィルムHDに就任した2000年以来、M&Aは約40件、投資金額は開示されているものだけでも5,000億円に達しているといいます。もともと米ゼロックスと半々の出資であった富士ゼロックスが今のように富士フィルムHDの75%出資子会社となったのは、2001年3月です。これにより、富士ゼロックスは連結子会社となり、2002年3月期の連結売上高は2兆4,011億円となりました。ところが足元の2017年3月期の連結売上高は2兆3,221億円ですから16年間で売上高が成長するどころかマイナスとなっていることがわかります。
ただ、悪いことばかりではありません。営業利益率をみれば、2017年3月期は7.4%と16年前の水準である7%以上を維持しています。ちなみに短信によれば、2018年3月期の売上高は2兆4,600億円、営業利益は1,300億円ですから、売上高は増加するものの、営業利益率は5.3%と低下してしまう計画となっています。
しかし、損益計算書の分析では十分とは言えません。直近のデータを使って富士フィルムHDのWACCを推定すると4.8%となります。過去16年間のROICの推移を見てみましょう。ここはざっくりと富士フィルムHDが企業価値を創造してきたのかをみるという目的のためにWACCは過去16年間4.8%で一定としておきます。これを見ると過去16期のうち、WACC以上のROICをあげているのは、たった4期のみ。最近の10年はずっと企業価値を毀損し続けているのです。
また、事務機器の名門の米ゼロックスといえども、業績は安泰ではありません。世界的なペーパーレス化が進んでいることからコピー機などの事務機の需要が減少し、売上高は5年で22%も縮小するなど下降の一途をたどっているのです。買収発表前の米ゼロックスの格付(Moody’s)は「Baa3」です。これは投資不適格の一歩手前の格付です。
2017年8月に発表された富士フィルムHDの中期経営計画「VISION2019」によれば、次の成長エンジンとして注力していくのは、医薬品・バイオCDMO、再生医療、メディカルシステム、ライフサイエンスなどの「インフォメーション事業」です。2019年度でヘルスケアは対2016年度+30.2%増、インフォメーション事業で+24.5%の売上増加というアグレッシブな目標を掲げています。一方、事務機器の「ドキュメント事業」はわずか1.8%増という目標です
今後は世界の事務機市場の縮小に歯止めがかかる見込みはありません。そのような状況にあってドキュメント事業以外の他の事業に経営資源を振り向けていくという経営計画は理にかなっているわけです。ところがここに来て、ドキュメント事業を中核とする米ゼロックスを買収しようとするのですから、成長戦略ではなく後退戦略と言われてもしょうがないのではないでしょうか。
今後の富士フィルムHDの動向には注視が必要のようです。