自社株買いによってROE(=当期純利益/株主資本)が高まるという議論は、自社株買いによって、ROEの分母である株主資本が減少するためというところから来ています。ただ、厳密に言えば、手元現金を取り崩して、自社株買いを行う場合は受取利息の減少によって分子の当期純利益が減少します。また、デット(有利子負債)で調達して、その資金で自社株買いを行う場合も、支払利息が増加することによって、分子の当期純利益が減少します。このように、必ずしも自社株買いによって、ROEが高まるとは限りません。ではどのような場合にROEが高まるのでしょうか。具体的に考えてみましょう。
X社は、総資産1,100万円(現金100万円と事業資産1,000万円)で無借金会社とします。X社が手元現金100万円で自社株買いを実施することにしました。手元現金の預金利率は5%であり、法人税率は30%とします。X社の事業資産利益率(=営業利益/事業資産)が8%の場合と2%の場合に、ROEがどのように変化するか、シミュレーションしてみます。
X社の事業資産利益率(営業利益/事業資産)が8%の場合、自社株買いを実施する前の当期純利益は60万円と計算できます(セルC22)。デットがないことから、総資産がそのまま、株主資本になるので1,100万円となり、ROEは5.4%と求まります。
【事業資産利益率8%の場合(自社株買い実施前)】
X社が現金100万円を使って自社株買いを行うと、受取利息がなくなるので、当期純利益は56万円となります。一方で、自社株買いを行えば、株主資本は1,000万円となるので、ROEは5.6%と自社株買い実施前よりも増加することがわかります。
【事業資産利益率8%の場合(自社株買い実施後)】
次に事業資産利益率が2%の場合、同様に計算すると、自社株買い実施前のROEは1.6%に対して、自社株買い実施後のROEは1.4%と自社株買いを実施するとROEが低下するのです。
一般的に、企業が自社株買いを行う場合、自社株買いの原資が手元現金であれ、デットであれ、企業の事業資産利益率が金利よりも高ければ、ROEは増加します。企業が手元現金を使って自社株買いする場合は、事業資産利益率>預金利率の場合に、また、デットで調達して自社株買いをする場合は、事業資産利益率>負債コストの場合にROEは増加します。つまり、自社株買いによってROEを高めるためには、金利以上のリターンを事業から稼いでいる必要があるのです。