あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
皆さんは、どのようなお正月を過ごされましたでしょうか?
私は、少し刺激が強い一冊、エマニュエル・トッドの『西洋の敗北』を読んでおりました。
世界中で大きな議論を巻き起こしたこの本。タイトルからして刺激的ですが、読み進めるうちにふと、今の日本の「ある光景」と重なったのです。それは、初詣で神社仏閣に並ぶ、私たち日本人の姿でした。
今年初のブログは、この年末年始に読んだ本の感想とともに、トッド氏のレンズを通して見えてくる「日本の立ち位置」について、シェアしたいと思います。
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1. 西洋を蝕む病:「宗教ゼロ」とニヒリズム
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本書の核心部分は次の通りです。
ウクライナ戦争以降、西側諸国(特に米国や英国)がなぜ迷走しているのか。トッド氏が指摘する根本原因は、経済や軍事の問題ではありません。それはもっと深い「精神の空白」にあります 。
かつて欧米の道徳や勤勉さを支えていた宗教的基盤(プロテスタンティズム)が完全になくなり、社会が「宗教ゼロ(Zero Religion)」の状態に陥ってしまったこと。これこそが危機の根源だと彼は言います 。
「宗教ゼロ」とは、単に神様を信じないということではありません。かつてプロテスタンティズムが重視した宗教倫理(勤勉、規律、教育の重視)が消え失せ、残ったのは「自分さえ良ければいい」というニヒリズム(虚無)だけ 。
その結果、米国では自己破壊的な外交や、現実を否定するような社会分断が進んでいるというのが、トッド氏の考えです。
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2. 日本は「宗教ゼロ」なのか? 日本の慣習が示す答え
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さて、ここで視点を日本に戻しましょう。
トッド氏は日本を「広義の西洋」に分類していますが、日本もアメリカと同じように「宗教ゼロ」の状態なのでしょうか?
私は、このお正月の風景を見て「それは違う」と思いました。
トッド氏の理論を日本に当てはめてみると、西洋とは異なる側面が見えてきます。
・日本は「宗教ゾンビ」であり、まだ道徳は生きている
私たち日本人の多くは、「特定の神様を熱烈に信じている」わけではないかもしれません。しかし、お正月には初詣に行き、お盆には墓参りをし、「バチが当たる」という感覚を共有しています。トッド氏の分類で言えば、これは「宗教ゾンビ(Zombie Religion)」の状態に近いと言えます 。
・キリスト教とは違う、日本独自の「根っこ」
そもそも日本の道徳は、キリスト教のような「神との契約」に基づいたものではありません。トッド氏の分析によれば、日本は「直系家族」的な社会構造を持ち、個人よりも「家」や他人との「関係性」を大切にする文化が根付いています 。
この「日本独自のOS」が機能しているおかげで、私たちは西洋のような急激な社会崩壊や分断を抑えることが出来ているといえます。
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3. 結論:日本が選ぶべき「立ち位置」
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本書を読み、お正月を過ごして私が考えたことは「衰退する西洋(米国)の真似をする必要はない」ということです。
トッド氏は警告しています。日本にとってのリスクは、内側から崩れることではなく、同盟国である米国への過剰な配慮から、彼らの「ニヒリズム」を無理やり取り入れてしまうことだと。
確かに、昨今の行き過ぎたポリティカル・コレクトネスや性急な法整備の議論も、日本の内発的な変化というよりは、どこか「西洋への忠誠」を示すためのパフォーマンスのように見えなくもありません。
私たち日本は、経済的には西側の一員でありながら、精神的には「宗教ゼロ」には陥っていない稀有な国です。
「宗教ゾンビ」というと聞こえは悪いですが、これは言い換えれば、良き伝統が「無意識のOS」として今だに機能し続けているということです。
「初詣」に象徴されるような、言葉にできないけれど共有している「ありがたい」という感覚や道徳観。この見えない資産こそが、西洋発のニヒリズムから日本を守っているといえます。
『西洋の敗北』を読んで、この日本独自の「見えない資産」を大切にすることこそが、混乱する世界の中で日本が自立し、生き残るための鍵になるのではないかと思いました。





