日経、自社株買いの勘違い

2020/2/6付日経新聞によれば、新型肺炎への各国当局の対応が進み、投資家心理も改善してきているようです。そうした中、米国株相場が再び上昇基調に戻ろうとしています。特にIT株高が相場をけん引しており、IT各社の自社株買いが、黒子のように株価を押し上げているというのです。記事の一部を抜粋してみましょう。


19年に最も自社株買いをした企業はアップルだ。年間で788億ドル(約8兆6千億円)で、純利益(575億ドル)の1.4倍ものお金を自社株買いに回した。莫大な利益に比べ設備投資に回す割合は伝統的な製造業より少なく、株主への還元を優先させやすい。対照的にAT&Tは純利益を自社株買いに回した割合は17%、コカ・コーラは12%にとどまった。

自社株買いも配当も、利益を株主に分配するという点では同じだ。だが、自社株買い後に消却されれば、残った株の1株あたりの価値、つまり株価が上がる。株主にとっての自社株買いと配当の違いは、果実の受け取り方が株高を通してか、配当という現金給付を通してかという点だ。著名投資家のウォーレン・バフェット氏は株を買い増さなくとも保有比率が上がるという点で、アップルの自社株買い重視の姿勢を高く評価している。

出典:日経新聞夕刊「IT株高、黒子は自社株買い」(一部抜粋)太字は筆者


1976年創業のアップルは35年間無配を貫いてきました。アップルが配当を出し始めたのは、スティーブジョブズ亡きあと、ティムクックがCEOに就任した2011年の翌年からです。それ以降、アップルの株主還元の姿勢は強まる一方です。

それはさておき、記事の太字の部分は非常に正確さを欠く表現だと思いますので、指摘したいと思います。

一番気になったのは、「自社株買い後に消却されれば、残った株の1株あたりの価値、つまり株価が上がる」の「消却されれば」と書いている点です。
企業に買い戻された株式は企業によっては保有されることもあるし、消却されることもあります。企業が保有している自己株式は金庫株と呼ばれます。この金庫株には議決権と配当がありません。この金庫株は資産に計上するのではなく、株主資本の控除項目として計上されます。つまり、金庫株は、株式時価総額や1株当たり利益(価値)の計算の際には株式数に含めないのです。したがって、消却するか否かで「1株あたりの価値」や「株価」が変わることはありません。

※参考ブログ
ドコモ、月内に金庫株3000億円消却の勘違い
自社株消却は意味がない

二つ目は、(自社株買いをすれば)「残った1株あたりの価値、(中略)が上がる」という点です。
これも厳密に言えば、正しくありません。必ずしも上がるとは限らないのです。確かに自社株買いを行えば(消却せずとも)、分母の株式数は減少します。しかし、同時に分子の当期純利益も減少するからです。

手元現金や有価証券を取り崩して自社株買いを行う場合は、受取利息や配当金の減少に伴って当期純利益は減少します。有利子負債を調達して自社株買いを行う場合は、支払利息の増加によって当期純利益は減少するのです。
自社株買いをして、株式数、当期純利益がともに減少して、結果として1株当たりの利益が増える場合はもちろんあります。ただ、記事で述べているように、いつでも増えるわけではありません。

さらに、後半部分「株主にとっての自社株買いと配当の違いは、果実の受け取り方が株高を通してか、配当という現金給付を通してかという点だ。」は理解に苦しむ文章です。そもそも、自社株買いとは、誰が誰の株式を購入するということなのでしょうか。「企業」が市場から自社の株式を購入するという理解では不十分です。

自社株買いとは、自社株買いに応じなかった株主が自社株買いに応じた株主から株式を購入するということです。自社株買いも配当も株主に現金が配分されるという点では同じです。しかし、自社株買いが自社株買いに応じた株主だけに現金が支払われるのに対して、配当支払いの場合は株主全員に現金が支払われるという違いがあるのです。

また、自社株買いをすれば株高になることで、自社株買いに応じなかった株主が果実を受け取るというのは、正しくありません。あくまでも株価が割安(理論株価より低い状態)の時に自社株買いをすれば、株主価値が向上するという話です。逆に、株価が割高(理論株価より高い状態)の時に自社株買いをすれば、株主価値は低下してしまいます。

※参考ファイナンス用語辞典「自社株買い

記事の通り、最近自社株買いが増えてきています。ただ、夕刊とはいえ経済紙でこのような誤解を招く記事が掲載されるのは非常に残念です。こんな状況だから日本のビジネスパーソンのフィナンシャルリテラシーがなかなか改善しないのでしょう。少しでもファイナンシャルリテラシーが向上していくよう、微力ながら発信していきたいと思います。

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