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「AIでリスクが減るから資本コストも下がる」は本当か(後編)

前編では、Bank of Americaの生成AI「EricaAssist」が平均通話時間を1件あたり約1分短縮したという発表を取り上げ、その削減時間を金額に換算すると86億円相当になるものの、それは口座に残るお金とは別ものだという話をしました。企業価値はフリーキャッシュフローと資本コストで決まります。前編で見たのはフリーキャッシュフロー側でしたので、今回は資本コスト側です。

AI投資の提案書には、「AIでリスクが下がるので資本コストも下がります」という一文がしばしば見受けられます。不正が減る、入力ミスが減る、契約上の見落としが減る。だからリスクが下がり、資本コストも下がるという理屈です。私も何度か見聞きしましたが、分解して考えてみると筋が通っていません。

株主資本コストは、リスクフリーレートに、マーケットリスクプレミアムにβ(ベータ)を掛けたものを足して求めます。このうちリスクフリーレートもマーケットリスクプレミアムも市場が決める数字ですから、一社の努力では動きません。

会社によって異なるのはβ(ベータ)だけです。そのβ(ベータ)が表しているのは、自社の業績が景気の変動にどれだけ連動するかです。そして、それを決めているのは、需要そのものの景気感応度とコスト構造に占める固定費の割合、つまり営業レバレッジです。不正や入力ミスは、そのどちらでもありません。会社に固有の事象であり、投資家にとっては分散可能ですから、β(ベータ)には関係ありません。したがって、株主資本コストには影響ないのです。

逆に言えば、AIがβ(ベータ)に影響を及ぼす場合もあります。需要予測の精度が上がって、生産・仕入・要員配置を需要のバラツキに速く順応させられるようになれば、固定費的に振る舞っていたコストが変動費的になります。営業レバレッジが下がるわけですから、β(ベータ)は下がる方向に働きます。

金融機関の与信判断や小売の在庫評価損のように、もともと景気と強く連動する損失のバラツキが縮小する場合もβ(ベータ)は下がる方向に働きます。ただし、AI導入はGPUやライセンスという新しい固定費が増えることにつながる可能性があります。差し引きでどちらに振れるかは、案件ごとに見ないと分かりません。

もう一方の負債コストのほうが、実務では説明しやすいかもしれません。キャッシュフローのバラツキが小さくなれば、約定どおりに元利を返せなくなる確率が下がります。債権者から見たリスク認識が下がりますから、格付けが上がり、信用スプレッドが縮小し、負債コストそのものが下がります。それだけではありません。同じ格付けを保ったまま借りられる金額、すなわちデットキャパシティが増えます。節税効果によりWACCは下がります。

とはいえ、AI導入でβ(ベータ)が下がった、格付けが上がったという実証を、私はまだ見たことがありません。理屈としてはこう説明できる、という段階の話です。提案書に「リスク低減効果」と書いてあったら、それがβ(ベータ)の話なのか、格付けの話なのか、それとも単に社内のミスが減るという話なのかを、切り分けてみましょう。三番目であれば、それは資本コストの話ではありません。

また、AIの導入はリスクを増やす方向にも働きます。情報漏洩やハルシネーション、著作権侵害は、これまでその会社になかったダウンサイドリスクです。リスク面は差し引きで見るべきで、片側だけを数えた提案書は割り引いて読む必要があります。

前編と後編で、企業価値を決める二つの要素を順に見てきました。前編で確認したのは、削減した時間がそのままフリーキャッシュフローに変わるとは限らないということです。後編で確認したのは、社内のミスが減っても資本コストは動かないということです。

AIは、フリーキャッシュフローにも資本コストにも、自動では効きません。効かせるには、削減した時間を人件費や外注費の減少に結びつけるか、コスト構造を変えて営業レバレッジを下げるか、そのどちらかの意思決定が別に必要になります。提案書に書かれていないのは、たいていこの部分です。もっとも私自身、研修でAI投資の話が出たときに、それがβ(ベータ)の話なのか格付けの話なのかを、その場で切り分けて説明できていたかというと、自信はありません。

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