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長期金利3%時代の資本コスト 6月のベースケースを更新します

6月に「2026年版 日本の資本コストはどう変わったか?」という記事を書きました。そのなかで私は、リスクフリーレートに足元の10年国債利回りである2.6%を置き、株主資本コストのベースケースを7.6%としました。それからわずか3か月で、この前提を見直す必要が出てきました。

2026年9月1日、新発10年国債利回りが一時3.0%に到達しました。報道によれば1996年9月以来、およそ30年ぶりの水準です。9月4日時点では2.9%程度まで戻していますが、年初は1.6%前後でしたから、この1年で1.3ポイント以上動いたことになります。背景としては、日銀の追加利上げ観測、原油高による物価の上振れ、2027年度概算要求の膨張に対する財政懸念などが挙げられています。

6月の記事で紹介したFernandez教授のサーベイでは、日本のリスクフリーレートの中央値は2.3%でした。これは2026年3月時点の回答です。それが6月には2.6%、9月には3.0%と、半年で0.7ポイント上がったわけです。サーベイの数値をそのまま使うことの危うさは6月にも書きましたが、今回はそれが実際の数字で確認できました。

それでは、この上昇が株主資本コストにどう響くのかを具体的に計算してみましょう。マーケットリスクプレミアムは6月と同じ5.0%、βは1.0とします。リスクフリーレートを2.6%から3.0%に置き換えると、株主資本コストは7.6%から8.0%に上がります。

0.4ポイントと聞くと小さく感じるかもしれません。しかし、企業価値への影響は決して小さくありません。ここでは話を単純にするため、無借金の会社を想定します。資本コスト(WACC)は株主資本コストと等しくなります。フリーキャッシュフローが毎年100で、永続的に1%成長すると仮定します。割引率7.6%なら企業価値は100÷(7.6%-1%)で約1,515です。割引率が8.0%になると100÷(8.0%-1%)で約1,429となり、約6%の減少です。成長率を引いた後の数字で見ると、分母の小さな差が大きな差になるためです。

ただし、この計算は分母だけを動かしています。ここで一度立ち止まって、金利がなぜ上がったのかを考える必要があります。

長期金利の上昇には、大きく二つの要因が考えられます。一つはインフレ期待の上昇です。物価上昇率が高止まりし、日銀の利上げが続くと市場が予想すれば、名目金利は上がります。もう一つは財政プレミアムの拡大です。国の借金が増え続けることへの不安から、投資家が国債を持つことに対して上乗せの利回りを求めるようになれば、これも名目金利を押し上げます。今回の報道を見ると、物価の上振れと財政懸念の両方が挙げられていますから、実際にはこの二つが混ざっていると考えるのが自然です。

どちらの要因かによって、企業価値への影響はまったく違ってきます。

インフレ期待の上昇が要因であれば、上がるのは割引率だけではありません。物価が上がる世界では、企業の売上も費用も名目では増えていきます。値上げができる企業であれば、名目のフリーキャッシュフローも成長率も上がるはずです。先ほどの例で、割引率が7.6%から8.0%に上がると同時に、成長率も1.0%から1.4%に上がったとします。

仮にフリーキャッシュフローが100で変わらないとしても、価値は100÷(8.0%-1.4%)で約1,515となり、金利上昇前と同じです。名目の割引率には名目のキャッシュフローを対応させるというDCFの基本に従えば、インフレによる金利上昇は、それだけで企業価値を下げる要因にはならないのです。

一方、財政プレミアムの拡大が要因であれば、話は変わります。国のリスクに対する上乗せ分は、企業のフリーキャッシュフローとは直接結びつきません。CAPMではリスクフリーレートとして国債利回りをそのまま使いますから、この分は割引率だけを押し上げ、企業価値を下げる方向に働きます。

「資本コストの上昇で株価が下がる」という説明は、市場全体を見た総論としては正しいと思います。しかし個別の企業で考えると、インフレを価格に転嫁できる企業とできない企業とでは、影響がまったく違います。割引率は今の市場水準を使っているのに、分子の予測は金利がほぼゼロだった頃の感覚のまま、という評価になっていないか、確認する必要があります。

もう一つの論点はマーケットリスクプレミアムです。理論上、マーケットリスクプレミアムは株式のリスクに対する対価ですから、リスクフリーレートとは独立に決まるはずです。ところが実務のデータを見ると、そうなっていないことがあります。たとえば、Fernandezサーベイの日本の回答は、2025年版がリスクフリーレート1.4%とマーケットリスクプレミアム5.7%、2026年版が2.3%と5.0%でした。リスクフリーレートが0.9ポイント上がる間にマーケットリスクプレミアムは0.7ポイント下がり、合計はほとんど動いていません。

どうやら、実務家は株式全体への要求収益率を先に持っていて、その差額としてマーケットリスクプレミアムを調整しているように見えます。私は今回、サーベイの中央値である5.0%を据え置きたいと思います。来年のサーベイでマーケットリスクプレミアムが動くかどうかは、注目しておきたい点です。

以上を踏まえて、私のベースケースを次のように更新します。
リスクフリーレートは3.0%(足元の10年国債利回り水準)、マーケットリスクプレミアムは5.0%(サーベイの中央値)、β=1.0なら株主資本コストは8.0%です。

6月にも書いたとおり、資本コストに絶対の正解はありません。評価基準日の市場水準を採用し、その出典と日付を明記して、なぜその数値を選んだのかを説明できることが大切です。そして今回の教訓は、割引率を更新したら、分子のキャッシュフローの前提も同じ目で見直す必要があるということです。金利がこの先どこまで上がるのかは私には分かりません。だからこそ、数字が動いたときにその都度確認し、前提を更新していく習慣が必要なのだと思います。

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