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ニデック会計不正の教訓【前編】

ファイナンス研修で、私はいつもこんな話をします。

“Cash is fact, profit is opinion.”──キャッシュは事実、利益は意見。英語圏で古くから言われてきたことです。

なぜそう言われるのか。皆さんの会社が1億円の利益を稼いだとしましょう。社長が「その1億円を使いたいから持ってきてくれ」と言ったら、持っていけるでしょうか。持っていけません。なぜなら、利益はバーチャルなもの、頭の中にある抽象概念だからです。売上の認識タイミング、費用と資産の区分、減損の要否判断──利益にはこうした経営者の「見積り」が幾重にも織り込まれています。だからこそ、社長の意見によって変わりうる余地がある。

一方、皆さんが1年間で1億円のキャッシュを稼いだ場合はどうでしょうか。社長のところに持っていって、使ってもらうことができます。バーチャルな利益と違って、キャッシュには実体がある。だからこそ、キャッシュは嘘をつかないと言われてきたのです。

では、利益は嘘をつくのか。嘘をついた会社がありました。これまでの研修では東芝の事例をお話ししてきましたが、今回、新たにニデック(旧日本電産)の事例が出てきました。2026年3月3日に公表された第三者委員会の調査報告書によれば、純資産への負の影響額は暫定で約1,397億円。さらに、主に車載事業に関連して減損の検討対象となるのれん及び固定資産の金額が約2,500億円規模に上ることが示されています。

今回のブログ【前編】では、「なぜこのような不正が起きたのか」という構造と、具体的な手口を整理します。次回の【後編】では、実際のキャッシュフロー計算書に不正の兆候は表れていたのかをデータで検証し、私たち、財務の実務家が持つべき視点を考えます。

1. 「社長の意見」が利益を決めていた構造

報告書が描き出すニデックの利益計画プロセスは、教科書的な「ボトムアップ予算」の対極にありました。

創業者の永守重信氏は、各事業部の実力値や市場環境を積み上げるのではなく、投資家目線で株価を下支えするために必要な利益水準を逆算し、トップダウンで各部門に必達目標として割り当てていました。つまり、「いくら稼げるか」ではなく「いくら稼がなければならないか」が先にあり、その数字が損益計算書上の利益として実現されるまで現場に圧力がかかり続ける仕組みです。

さらに問題を深刻にしたのが「セルフファンディング」と呼ばれるルールです。過去の失敗投資で生じた価値のない資産(社内では「負の遺産」と呼ばれていました)を減損処理する場合でも、「減損分は自部門で稼いだ利益で穴埋めし、なおかつ会社が要求する高い利益目標も達成せよ」と求められました。

到底達成不可能な二重のノルマを課された現場は、最初は見積り判断の余地が大きい領域──減損テストの前提や引当金の水準──を都合よく操作することから始め、やがて虚偽の書類作成や組織的な隠蔽にまで踏み込んでいきます。実現不可能な売上計画をでっち上げて減損を回避し、費用を資産に付け替えることで帳簿上の利益を捻り出す。こうして「社長が設定した利益目標(意見)」に会計上の数字を合わせる歪んだプロセスが常態化していったのです。

2. 利益を創り出す「3つの手口」

報告書には多数の不正事案が記載されていますが、ここでは特に悪質で、かつ仕組みがわかりやすい3つの手口を取り上げます。

手口1 「将来は儲かる」と嘘の計画を出して、損失の計上を逃れる

要するにやったことはシンプルです。巨額の赤字を抱えた事業で、本来なら約86億円の損失を計上しなければならなかった。しかし損失を出せば利益目標に届かない。そこで現場は、監査法人に提出する将来の売上計画に、すでに失注して受注の見込みがない案件や、実現可能性がきわめて低い案件を紛れ込ませました。「将来これだけ売れるのだから、事業の価値は毀損していない。損失計上は不要だ」──そう主張して、損失の先送りをしていたのです。しかも、計画に含めた案件が失注済みであることを、監査法人にはあえて伝えていませんでした。

会計の世界では、事業用の固定資産の価値が大きく下がったとき、帳簿上の金額を実態に合わせて切り下げる処理を「減損」と呼びます。減損が必要かどうかは、「この事業は将来どれだけキャッシュを生むか」という見積りで判断します。つまり、将来の売上計画が正しいことが大前提です。その前提そのものを捏造すれば、どんな精緻な会計ルールも機能しません。

手口2 古い金型を口実に、人件費を帳簿から消す

やったことを一言で言えば、「今期の製造コストの一部を、帳簿上から消して利益を増やした」です。

工場で製品を作るには、従業員の人件費(労務費)がかかります。この人件費は製造コスト(売上原価)として利益を押し下げます。売上100、製造コスト50なら粗利は50。ここで「もっと利益を出せ」と言われたとき、売上を増やせないなら、コストを減らすしかありません。

そこで現場が目をつけたのが、倉庫に眠っていた古い金型でした。中には1990年代に作られ、とっくに減価償却が終わって帳簿価額1円になっているものもあります。これを引っ張り出してきて、「今期、新しく製作・加工した」と嘘の申告をしました。

なぜ古い金型が利益操作に使えるのか。金型を「今期新たに作った」ことにすると、その製作にかかった人件費は、製品を作るための製造コストではなく、「固定資産(金型)を作るための投資」として扱われます。すると、本来は製造コストとして利益を減らすはずだった人件費が、帳簿上は「資産への投資」に姿を変え、今期の製造コストから消えてしまいます。製造コストが減れば、売上が同じでも粗利は増える。これがこのスキームのカラクリです。

古い金型と虚偽の作業実績書は、この振替を正当化するためです。監査法人の実地棚卸の際には、これらの古い金型を別室に移して「封鎖」し、虚偽の書類まで準備する組織的な隠蔽工作が行われていました。

手口3 「返すつもりのお金」を売上に計上する

これが3つの中で最もわかりやすい手口です。

原材料の高騰で利益が減っていた家電産業事業本部(ACIM)は、顧客に対して値上げの「追加請求書」を発行し、売上を計上しました。ここまでは通常の取引に見えます。しかし裏では、顧客に対して「今回請求した金額は、将来の代金から差し引くか、リベートとして全額お返しします」と約束していました。

つまり、最初から返すつもりのお金を受け取って、売上に計上していたのです。会計のルール上、売上として認識できるのは「対価を受け取る権利がある」取引だけです。返金を前提にしている以上、そもそも売上として計上する資格がありません。見せかけの売上、いわゆる架空売上です。

3. なぜ不正は止められなかったのか──「3つの防波堤」の崩壊

報告書は、永守氏が直接的に不正な会計処理を指示した事実は確認されなかったとしつつ、「会計不正について最も責めを負うべきなのは、永守氏であると言わざるを得ない」と結論づけています。

報告書の原因分析は「過度な業績プレッシャー」「永守氏の絶対性」「牽制機能の不全」を柱としていますが、ここでは私なりに「3つの防波堤の崩壊」として再整理します。

第一の防波堤の崩壊:苛烈なプレッシャーによる内部統制の麻痺

永守氏は「赤字は罪悪」「計画未達は悪」という価値観を徹底し、目標未達の幹部に対して人事権をちらつかせながら激しく叱責しました。報告書に記録された会議の音声データには、人格否定ともいえる罵倒や、「徹夜をしてでも営業利益を捻出せよ」といった要求が日常化していた実態が示されています。こうした恐怖ともいえるプレッシャーが、現場を不正へと追い詰める最大の動機となりました。

第二の防波堤の崩壊:矛盾したメッセージによる現場の孤立

永守氏は過酷なノルマを課す一方で、「王道経理(正しい会計処理)を行え」「不正をしてまで過達にする必要はない」と繰り返し訓示していました。しかし現実には未達は絶対に許されません。現場の幹部たちは、「正しいことをしろと言いながら、達成は必須という矛盾したメッセージに追い詰められた」と証言しています。この構造は、万一不正が発覚しても「私は正しいことをしろと言った。不正をしたのはお前たちだ」と言い逃れができる──意図的であるかどうかにかかわらず、そのような構図を生み出していました。

第三の防波堤の崩壊:「特命監査」による不正の容認

永守氏は内部告発などの情報を、正規の監査部門や監査法人を経由せず、特定の従業員に「特命監査」として秘密裏に調査させていました。そして巨額の不正が発覚しても表沙汰にせず、数年がかりで計画的に処理(損失計上)させることを容認していたと報告書は認定しています。内部監査が行うべきヒアリングでは、子会社幹部から業績プレッシャーの存在が訴えられても、その部分が議事録から削除されていたケースも報告されています。

次回予告──キャッシュフロー計算書は「嘘」を映していたか

ニデックの事例は、「利益は社長の意見」という命題の重みを、暫定で約1,397億円という影響額とともに私たちに突きつけました。では、開示されていたキャッシュフロー計算書を丁寧に読み解けば、不正の兆候を事前に察知できたのでしょうか?

次回のブログ【後編】では、ニデックの過去7年間のCFデータを使い、いくつかの指標から、利益の質を外部から検証する方法を解説します。

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