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勝率86%のカラクリ、投資本をバックテストで検証してみた

先日、『医学博士が編み出した 勝率90%の株式投資の作法』という本を改めて手にとりました。株価は中長期的には企業価値に収れんしていくことは、マッキンゼーの「企業価値評価」を読むまでもなく、ファイナンスに関心のある人であれば、わかっていることです。一方で、株価は短期的には気まぐれです。だからこそ、そんな馬鹿なと思いつつも、かつて購入した本がふと目についたのです。

「大陽線が出た翌日は86%の確率で続伸する」といった具体的な数字が並んでいて、本当ならすごい話です。ちなみに、大陽線とは、株やFXのチャート(ローソク足)において、始値よりも終値が高かった「陽線(ようせん)」のうち、特に大きく上昇したものを指します。幸い、本書には検証銘柄(任天堂)と検証期間(2018年5月〜2021年10月)が明記されていたので、同じ条件でバックテストをしてみました。

検証は単純です。無料の株価データを取得し、「終値が始値を1.03%以上、上回る日」を大陽線と定義して、その翌日に株価が上がったかを数えるだけです。すべて、Claudeがやってくれました。結果、大陽線は852営業日中191回出現し、翌日に終値が上昇したのは50.3%でした。コイン投げと変わりません。

ついでに言うと、大陽線が出ようが出まいが、この期間の任天堂は52.9%の日で上昇していたので、大陽線の翌日はむしろ平均よりわずかに分が悪いことになります。

では86%は嘘なのかというと、そうとも言い切れないのが面白いところです。「続伸」の定義を「翌日の高値が当日の終値を一瞬でも上回ること」に変えると、確率は84.3%になり、本の主張とほぼ一致します。おそらく著者はこの数え方をしたのでしょう。

問題は、この事象が大陽線とほとんど関係がないことです。株価は日中に上下へ揺れていますから、翌日のどこかの瞬間に前日終値を上回ることは、シグナルの有無にかかわらず80.3%の日で起きていました。つまり86%の正体は、大陽線の予測力ではなく「株価は日中に揺れる」という当たり前の性質だったわけです。しかも高値のその瞬間に売り抜ける方法は存在しないので、この確率は利益に変換できません。

ファイナンスを学んだ方なら、ここでピンときたのではないでしょうか。名著「フィナンシャル・マネジメント」のヒギンズ先生のWith-Withoutの原則です。投資の効果は、投資した場合のキャッシュフローから、投資しなかった場合のキャッシュフローを差し引いた増分でしか測れない。

統計もまったく同じで、シグナルの効果は、シグナルがあった場合の確率から、なかった場合の確率(ベースライン)を差し引いた差分でしか測れません。86%から80.3%を引いた約4ポイントが大陽線の正味の情報量で、これは誤差の範囲です。

このWithoutをうっかり忘れてしまうのは、投資本に限った話ではありません。不振店舗にテコ入れをして翌期に業績が回復したとき、それはテコ入れの効果でしょうか。業績には運の要素が乗っているので、たまたま不運だった店は何もしなくても翌期には平均へ戻ります。テコ入れの真の効果は、回復幅から自然回復分を差し引いた残りだけです。

米国のカジノ大手ハラーズを率いたゲイリー・ラブマンは「この会社でクビになる理由は3つ。窃盗、セクハラ、そして対照群なしで実験することだ」と言ったそうですが、Withoutを持たない検証は検証ではない、ということを一言で言い当てています。

偉そうに書いてきましたが、白状すると、この検証の途中で私自身も同じ穴に落ちていたことに気づきました。ある講演で「日本企業は科学的経営をしていないのに業績の良い会社が多い」と口にしていたことを思い出したのです。まさに、成功例だけを見て語っていたわけです。数字の検証の考え方は、他人の本の内容の揚げ足をとるためのものというより、自分の思い込みを疑うためにこそ必要なのだと、身をもって学んだ検証でした。

※本記事の検証結果は過去データの統計分析であり、投資助言ではありません。

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