経済産業省は、日本のM&A市場の健全な発展をうながすべく「企業買収における行動指針」の策定に取り組んできました。この取り組みについては、2023年4月3日のブログ「企業価値向上は、買収の条件となり得るか」で取り上げました。
ブログでは、公開企業の買収に関する3つの主要な原則を紹介し、指針原案に対する私の意見を述べています。
それは、企業買収が適切かを判断するためには、企業価値の向上が基準であるべきだというものです。ただし、「企業価値」という概念は、株主だけでなく他のステークホルダーを含む価値の観念を表すため、その議論はややもすると定性的なものになる可能性があること。
また、敵対的な買収の際、取締役会が明確な根拠を提示せずに「本提案は企業価値向上に資するものではない」と主張することがしばしばあります。企業価値向上という表現が経営者による保身として用いられるのを防ぐために、私は、指針では「企業価値」という表現を使わず、明確に「株主価値」と記載し、その定義も明確にするべきだと言ったのです。
指針原案では、「株主価値」という表現は脚注でのみ小さく書かれていました。しかし、今回、パブリックコメント用に公開された「企業買収における行動指針(案)」では、「株主価値」という表現が本文に次のように明示的に記載されています。
企業価値を資本の調達源泉の側面から見れば、企業価値は株主価値(市場における評価としては時価総額)と負債価値の合計として表される。会社の経営を通じて企業価値を向上させることは、市場の評価を通じて株式の時価を高めることにより、株主全体の利益(株主共同の利益)に資する関係にある。
また、「企業価値」は定量的な概念であり、対象会社の経営陣は、測定が困難である定性的な価値を強調することで、「企業価値」の概念を不明確にしたり、経営陣が保身を図る(経営陣が従業員の雇用維持等を口実として保身を図ることも含む。)ための道具とすべきではない。
出所「企業買収における行動指針(案)」(9ページ一部抜粋)
ファイナンスを学んでいる私たちには、ごく当たり前の「企業価値=株主価値+負債(債権者)価値」の関係が示されました。また、「企業価値」は定量的な概念であり、その概念を不明確にして、経営陣の保身に使うなと言明しているのです。
こうした企業価値の理解と定義についての明確化は、M&A市場の透明性と公正性を高めるための重要なステップだと思います。現在、経済産業省では、この「企業買収における行動指針(案)」に係るパブリックコメントを募集をしています。みなさんも、ぜひ一読してみてください。
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