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私が「運転資金」ではなく「運転資本」と言うようになった理由

銀行員時代、私は「運転資金」という言葉を使っていました。本を書き始めた頃も、同じように運転資金と書いていました。

ところが今は、フリーキャッシュフローの説明では「運転資本」という言葉を使っています。運転資金という言葉からイメージするものが、人によって違うと気づいたからです。

ある人は、商品の仕入れ代金を思い浮かべる。別の人は、従業員の給料や家賃を支払うためのお金を思い浮かべる。事業が軌道に乗るまでの資金不足を、運転資金と呼ぶこともあります。

これらは、日常の事業活動に必要なお金という意味では、正しい使い方です。銀行融資でいう「設備資金か、運転資金か」という区分も、基本的には借りたお金の使い道を意味します。日本政策金融公庫も、商品の仕入れや経費の支払いなどに必要な資金を運転資金として案内しています。

一方、フリーキャッシュフローを計算するときに出てくる運転資本は、もう少し範囲を絞ったものです。

基本的な形は、「売上債権+棚卸資産−支払(仕入)債務」です。わかりやすく言えば、「売掛金+在庫−買掛金」となります。

商品を売って利益が出ても、代金をまだ回収していなければ、その分のお金は手元に入ってきません。売る前の在庫にも、お金が必要です。ただし、仕入れ代金をまだ支払っていなければ、その分は仕入先が資金を負担してくれています。

この差額が、営業活動の中で必要となる正味の資本です。

たとえば、売掛金が3,000万円、在庫が2,000万円、買掛金が1,500万円であれば、運転資本は3,500万円となります。これは、銀行口座に3,500万円を用意しておくという意味ではありません。売掛金や在庫という形で事業に入っている資金から、仕入先に支払いを待ってもらっている分を差し引いた金額です。

ここでややこしいのは、銀行実務でも、この差額を「正常運転資金」と呼んでいることです。金融庁の資料にも、同じ算式が示されています。つまり、運転資金と運転資本が、まったく別のものを指しているわけではありません。同じものを指すこともあるのです。

では、なぜこの違いを意識する必要があるのでしょうか。

フリーキャッシュフローを計算するときに、混乱することがあるからです。

たとえば、「給料を払うための運転資金が必要だ」という言い方は自然です。しかし、その給料を営業利益の計算ですでに費用として差し引いているのに、同じ金額をさらに「運転資本の増加」として差し引けば、二重計上になってしまいます。給与の未払分がある場合の調整と、給与そのものをもう一度差し引くことは、別の話です。

また、フリーキャッシュフローから差し引くのは、運転資本の残高ではなく、その増加額です。

先ほどの運転資本が、期首の3,500万円から期末の4,500万円に増えたとします。この場合、ほかの条件が同じなら、追加で1,000万円が事業に必要になっています。フリーキャッシュフローの計算で差し引くのは、この1,000万円です。

利益が増えているのに、手元のお金が思ったほど増えていない。その理由が、売掛金や在庫の増加にあることも少なくありません。

なお、「運転資本」と言い換えれば、それだけで定義が決まるわけでもありません。英語のワーキングキャピタルにも定義の幅があり、流動資産から流動負債を差し引いたものを指すことがあります。

ダモダラン教授の解説によれば、企業価値評価では、そこから原則として現預金や有利子負債などを除き、営業活動に関係する項目に絞ります。先ほどの「売掛金+在庫−買掛金」は、その基本形です。実際には、前払費用や未払費用なども考慮します。

私が運転資本という言葉を使うようになったのは、運転資金という言葉が間違っているからではありません。「日々の支払いに必要なお金」と、「営業活動に投じている正味の資本」を、できるだけ区別して伝えたいからです。

同じ言葉を使っていても、同じものを思い浮かべているとは限らない。これは、ファイナンスを説明するうえで、気をつけたいことの一つだと思っています。

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